遥か昔の話
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/04 10:05:00
「貴様は、魔王の裏切り者アァンドォ魔王の弟かぁぁぁ!!」
普段「ギィ」としか言わない扉を「バッタァーーーン!」と無茶な音を響かせて詰め所に飛び込んできたヨウロン。はてなマークでは話にならないと判断して確かめに戻ってきたのである。
すでに戻ってきていたゲイドとリルドはあっけにとられるしかなかった。
「えぇっと…兄弟だったら歳離れすぎてねぇ?」
一応、一言付け加えておく。裏切りの痣を見たことある人なんていないんだから、単なる「凶暴でテレ屋の痣」である可能性もある。
「良いから痣を見せろ!もし、魔王の弟だったら…どうすりゃ良いんだ?」
あまり後先を考えないヨウロン。
すでに、カリスを町のどこかに置いてきていることを忘れている…ついでに、彼の背中には翼がゆっくりと姿を消すところだった。
「どうでも良いが…カリスはどうした」
空を飛んで戻ってきていては、地面しか走れないカリスは追いつけ無い。
「…気合があれば追いつけたはずだ…」
真顔のヨウロンは、二人からたこ殴りの刑にあうことになった。
◇◆◇◆◇◆
「…こんな何も知らない場所で、一人取り残されたんだけど…」
最初こそ走って追いかけたものの、広い町を人ごみを避けながら追いつくのは難しい。
ため息をつきながら、方向だけは詰め所に向かっていた。
「…何か、困っているみたいだね」
街中に知り合いはいない。だから、今カリスに話しかけてきたのはまったく知らない人。
「まぁ、そうなんですけど」
田舎育ちのカリスは、しっかりしていそうで疑うことを知らない。素直に答えて振り返る…しかし、そこには人じゃないものがいた。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
全速力で走ってしまったから、すでに完全に迷子になってしまったカリス。
「人型の許容範囲が大きすぎるって…目が3個に腕が4本は人間には見えないって」
先方声をかけてきた人の容姿を思い出していた。せいぜい「髪がうねる」「羽が生えるが普段は見えない」とかなら許容範囲であるが。
「とにかく…ここはどこだろう。探しに来てくれるといいんだけど」
しかし、探しに来るはずの人は詰め所でたこ殴り大会を繰り広げていた。
「なんだ、迷子なんですね」
いきなり背後からかけられる声。先方の声と同じように聞こえる…今度は、覚悟を決めてゆっくりと振り返る。と、そこには先方と同じく人間に見えない人型の魔族が立っていた。
「送ってあげても良いですよ…少し、お話しながら向かいましょうか」
不思議なことにカリスは、逃げることも無くうなずく。
二人は、人ごみを避けるように裏路地を進んでいった。
◇◆◇◆◇◆
漸くたこ殴りから開放されたヨウロンが、見失ったカリスを探しに詰め所を出ると、向こうからカリスが一人歩いてくる。
「なんだ、自力で戻ってこれたんだな」
ヨウロンが声をかけると、うなずく感じで答えを返してきたが、その様子はぼんやりしている。
「どうした…なんか、怖いことでもあったか」
ぼんやりしているカリスを心配してヨウロンが声をかけてくる、詰め所玄関にはリルドも待っている。
「…大丈夫ですよ。なんだか、うろついているうちに疲れてしまって」
そうか…軽く受け流して詰め所へと戻っていく。
◇◆◇◆◇◆
「送って差し上げるなんて、おやさしいんですね」
町を一望できる丘の上。二人の魔族が誰にも聞かれないように話している。
もっとも、このあたりには人が来ないから、多少の大声でも誰も聞こえないのだが。
「ん?困っていたら助けるのが人情でしょう」
先方、カリスに声をかけたギリギリ人型魔族が心にも無い言葉を口にする。
「もちろん、それだけではないよ…彼は覚えていないけど、魔王には今度こそ滅んでもらわないと…」
魔王の支持者は少ない。
どんな手段を使ってでも魔王を封印ではなく消滅をさせないといけない。
「とりあえず、この先が楽しみですね…彼の働きしだいで、我々の運命が変わってくるのですから」
一望できる丘から、二人の姿が不意に掻き消える。誰かが上ってきたらしく、人の声が響いていた。
◇◆◇◆◇◆
「それにしても、帰巣本能すごいね…感心したよ」
ヨウロンがうなずく横で、リルドがにらみをきかせる。街中に置いていった事と帰巣本能の開花は別物である。
「あんたがおいていったんだろ!オレ達は、まだ町に不慣れなんだからな」
ついでに言うと、リルドは方向音痴である。帰巣本能が働いたら「島」の方を目指しかねない勢いであさっての方角に突き進む。
多少なり、方向感覚のあるカリスだから戻ってこれたものの、不安だけが広がっていきそうであった。