8月自作/スイカ 『夏は過ぎ(仮題) 2』
- カテゴリ:自作小説
- 2012/08/11 13:42:14
「千代!」
母親は目尻を吊り上げて叫ぶと、足元の何かを掴み投げつけた。
母親のした事の意味が解らずに千代が『え?』と振っていた手を止めると同時に、すぐ隣で布を引き裂くような甲高い叫び声が上がった。母の投げつけた何かが男の子に当たったのだ。
母親が駆け寄って千代の手を引っ張る。
なぁぜ? なぁに? 男の子の心配をして千代が振り返ると、背中を丸めて林に逃げ込んでいく姿が見えた。
「あんな野犬が居るなんて危ないわ」
千代を抱きしめながら震える母親に
「違うよ、あの子はお友達だよ」
「あんな汚い犬がお友達なわけないでしょう。
お父さんも気を付けてちょうだい。噛まれでもしたらどうするの」
爺は目を伏せて、ただ首を横に振った。
家の中に引きずられるようにして入れられると、千代は項垂れてしくしくと泣き始めた。
そして泣き疲れて、眠ってしまった。
目が覚めると外は陽が赤く燃え始めていた。
爺も座椅子でうとうとと船を漕いでいる。
母親は台所に立っているのだろう。
婆はまだ畑なのか、戻っていない。
なぜ、そんな事を考えたのか。
千代は縁側を降りてつっかけを足にひっかけると走り出した。
庭で自分に抱えられる大きさの西瓜を掴むと、林に駆けた。
そうしなければいけないのだと、思った。
人の分け入らない林の道は歩き難くて、転んでしまう。その拍子に西瓜が割れた。
砕けた西瓜を見ていると涙が出そうになったが、込みあげてくる嗚咽を呑みこんで千代は割れた西瓜のカケラを両の掌に掴み、もう一度走り出す。
疲れ切るまで。
次に目覚めた時、千代は自分が硬い岩に寝そべっているように思った。それが誰かに背負われているのだと気付いたのは、顔を上げた所で黒い髪が揺れていたからだ。
見覚えのある髪だ。いつも立ち上がっていた癖のある髪が、今は垂れている。頭のてっぺんに平たい石のようなものが揺れて見えた。
「エンコ様……」
とても自然に、その名前が口からこぼれた。
千代が目覚めたのに気付いた男の子は、ゆっくりと背から降ろしてやると、向かい合ってにんまりと笑った。
いつも一緒に遊んでいる、井戸から見える林の入り口だ。陽はとうに暮れて、辺りは真っ暗になっている。
「送ってくれたの?」
聞けば男の子はまた、にんまりと笑った。そして千代の手を掴んだ。
赤い果肉が崩れてぐしゃぐしゃになった掌。
男の子はそれをぺろりと舐めた。
「ごめんね、スイカ、割っちゃったぁ」
しくしくと泣きだしながら謝る千代にかまわず、男の子はその掌を叮嚀に、叮嚀に舐めた。
奥の畑から足音が聞こえて、男の子は顔を上げる。
「千代、もんとるんか?」
「ばあちゃん」
「急におらんなって、心配したぞ。お母さんも探しよるけん、早う中に入り」
「あのね、送ってもらったの」
「誰に?」
千代が男の子を振り返ると、彼はいつの間にやら、林の奥に遠ざかっていた。
なるほど、背中を丸めて走る姿は確かに犬に似ているかもしれない。
けれど彼は犬じゃぁないのに……千代は母親が彼にした仕打ちを腹立たしく思い返す。
その隣で、婆がそっと手を合わせた。
口の中でもごもごと詫びるように、一言二言唱えられたその言葉は、とても奇妙に聞こえたが、意味だけははっきりと頭の中に響いて解った。
千代も婆を真似て手を合わせる。目の前に合わせた掌から、西瓜の甘い匂いはすっかり消えていたが、代わりに井戸の底からくみ上げたばかりの苔むした涼やかな水の臭いがぶわりと溢れる。
それがあの子の匂いなのだと解ると、とても自然に、慣れ親しんだ言葉のように、初めて唱えられる言葉で千代の口から流れた。
林の奥で何者かが遠ざかって行く気配が一瞬よぎり、そして消えた。
夕飯も早々に千代は布団に入ったが、今度はなかなかに寝つけない。
襖の向こうで母親が爺婆に、あんな犬がいるとは聞いていない、気を付けてくれないと、などと言っているのが聞こえて、胸の奥がぎりぎりと絞られるように痛む。
次から次にと、また涙があふれるが、声が出ない。
あの子はもう二度と姿を見せないだろう。それが心のどこかで解ってしまって、溢れる涙が止まらない。
そして、次の夏にはもう、母親も街で自分を預ける場所を探して、ここには来させてくれないだろうと解ってしまった頃、涙の止まらないまま、ようやく深い眠りに落ちた。
唐突に訪れた幼い夏は、小さな掌に甘い西瓜の匂いと、苔むした涼やかな水の匂いを閉じ込めて、終わりを告げた。
-了-
ハンセイ
削りに削り倒しても3000字の壁を破れずに二話構成…
しくしく…
読んでくださってありがとう(´▽`)
最期に唱える何かは、未知の物へ伝える言葉は人によって違うものと思うので、
読まれた方の判断にお任せしようと思いあえて具体的には書きませんでした。
省いたお話もありましたのでまた改めて書き直したいと思ってます。
その時はぜひまた読んでみてやってください(´▽`)
なまりは、あたしの方の方言とか、色々混ざっていてかなーりいい加減です~^^;
スミマセン><
なまりが効果的で、すいかの匂いと水の匂い。。。とっても夏らしいお話ですね^^
最後のほうでお婆ちゃんが何か唱えますよね、千代も一緒になって唱えますよね。
それをきっかけにエンコさまが遠くに行ってしまうのだけど、
なにを唱えたのかが、私にはちょっぴりわかりにくかったです。
せっかくのお話、文字数気にせず書いてほしかったかなぁ^^
読んでくださってありがとう(´▽`)
お褒めの言葉、嬉しいやらくすぐったいやら^^;
どうもありがとうございます(´▽`)
切り捨てたエヒソードを加えていつか書き直してみようと思います。
いつか…いつになるかがまた難しいのですが^^;
千代の感情も祖父母の思いやりも母の行動もどれもエンコ様を中心に綺麗につながって、奇伝と限るには人間の感情がいっぱい詰まった作品で、3000字以内に詰めたのが惜しいくらいに素晴らしいです!
・・・こういうのが書きたかった。
大人になったら恋人作って、爺婆の田舎を訊ねる旅に出るのもいいですよねぇ^^
エンコ様と過ごした夏の記憶は心の底に沈んで残ってるはずなので、
きっとそういうものに興味のある男性に好かれますので、
「君の過去を探しに行こう」とかなんとかなっちゃうんでしょうww
でもエンコ様の子を宿す……
幻想小説なら、それもまた一興ですね^^
あ、ちがいましたね。つい暴発してしまいました><; ←蛇の空涙です
だいじょうぶです。ちよちゃん器量良しだから20年もあれば男ができますね♪
かくして千代ちゃんの娘の友人帳には、エンコ様の名前。以下エンドレス。
実際には、エンコ様と千代が一緒に居たのは5~6日なのですけど、
エンコ様が来なくなって、千代が雑木林に探しに行ったり、
迷ったり、怪我をした時にふっと気配を感じるとか、
そんな設定もあったりしたのだけどぶった切ってしまいました^^;
小さな女の子の前に、まず彼氏ですよ、彼氏(´▽`)
あ、それいいですね♪ 森の奥の陰の世界や清流とか、
千代ちゃんとエンコさまの他愛のない夏は、まだまだ続くんですね。
でも時とともに、そういう夏があったことを千代は忘れてしまう。
20数年後、ちいさな女の子の手を引いた千代が村に戻ってくる?
字数の問題は個人的に、このブログ一回分で読める分量を、と
掌サイズの練習のつもりだったので問題ではないのです~
実は自サイトでも『小説家になろう』を使っていて、
そっちで更新するつもりなのですが…
同作を更新しちゃっても問題ないでしょうか^^;
スミマセン、めんどくさい事言ってしまって><
ようこそおいでませ(´▽`)
読んでくださってありがとうございます^^
小さい子供は本当に、目に見えない何かをちゃんと知ってる節がありますね^^
それが良いのか悪いのかは解りませんが……
良いものにするのも、悪いものにするのも、育てる周囲の大人たち次第だと思ってます。
例え、大人になるにしたがってそれを忘れる事になってしまっても、
異形だからと石を投げつける大人が育てれば 異形を許さない、認めない人間になるだろうし、
崇めながら上手に付き合う術を探す大人が傍に居れば、そういう人になれるだろうし。
たとえ今は見えなくなってしまっていても、思い出せなくなっていても、
そういう存在を認めることができれば、気持ちが豊かになっていくような気がします^^
楽しんでいただけて嬉しく思います。ありがとう(´▽`)
文字数はあまり気になさらなくとも大丈夫ですよ
スイカの香りや水の香りが感じられるようで、お祖父さんやお祖母さんの訛りのせいもあるんでしょうか、爽やかな夏を感じました。
私ももうオトナすぎるオトナで、エンコ様はきっと見えないですが、娘が幼い頃一緒に遊んでいた「見えない友達」を思い出します。
千代ちゃんも幼いし、大きくなるとエンコ様と出会ったことも記憶から消えてしまうかも知れないですが、スイカを食べるとき、ふと何かを感じる名残があればいいですね。
よく思い出せないけど、なんとなく何か覚えている、思い出せそうだけど思い出せない、そんな儚くて大事な夏が自分にもあったような気分を楽しませていただきました、ありがとうございます。
読んでくださってありがとう~(´▽`)
ブログ一回分に収めようと削り倒して、エピソードが二つほど吹っ飛んじゃいましたww
女の子の日記みたいな感じでひとつひとつ書いていってれば良かったかな~
と、終わってみてハンセイ(´▽`;)
読んでくださってありがとう~(´▽`)
大人になって、境界の向こう側との付き合い方が変わってくると、見え方も変わるのかもしれません。
畏れや崇める気持ちがただの恐れになってしまうと、
ただの怖い、恐ろしいものに見えちゃったり。
上手に付き合う気持ちが廃れなければ、大人になっても見えているのかもしれませんよ^^
読んでくださってありがとう~(´▽`)
ブログ一回分で完結させたくて、ずいぶん削っちゃいました~
川に誘われて、遊びに行っちゃったり、
老夫婦とこのエンコの関係とか、エヒソードも幾つかあったのをガシガシvv
もっと冒険の要素を加えて、削った分をつけなおしたらそこそこの中編になるかなぁww
逆にまとまりのないお話にもなっちゃいそうですけど^^;
読んでくださってありがとう~(´▽`)
大人になったら見えなくなる、というより、見え方が変わるのかもしれません。
畏れが恐れになって、心の中で怖い物になっていくと、
そういう物に見えるようになっちゃうのかもです。
読んでくださってありがとう~(´▽`)
大人になると通路が失われて、交差点だけが残って、
通常的にお付き合いできなくなったものが突然現れたように感じるから、
恐れてしまうのかも、ですねぇ
畏れて崇める気持ちを忘れなければ、大人になってもあるいは、と思うのですが
難しいですね^^;
あぁ、ホントだ~
夏真っ盛りなのに夏終わらせてしまったww
読んでくださってありがとう~(´▽`)
自然に寄り添って生きてきたお年寄りは、
未知の物との付き合い方を理解してるんでしょう^^
上手に崇めたり畏れたりするんですね。
子供は本能でそれを知るんだと思います^^
文字数を削りすぎると、ここまでの雰囲気が出せなかったかもしれないです。
年を取ったらまた見えるようになるのかしら?
子供と老人は、人の社会の縁にいる存在だから、異界の住人を見ることが出来るのかもしれませんね。
エンコ様に、川で遊ぼうとかいわれたらついていってはならないという台詞
彼にいわせて、断り、寂しがらせると伏線になっていいかもしれません
面白かったでっす。^^
親しく交流する方法を、本能で知っているんですね~
でもなんども暑くて長い夏を迎えるたび、毎夏ひとつずつ、
異界との通路を失って、大人になっていくんでしょうね。
盛夏まっさかりなのに、気持ちの上では挽歌(晩夏)♪
きっとその男の子は子どもにしか見えない存在なのだろうけど、
おじいちゃんやおばあちゃんは、ちゃんと男の子のことを知っているんだね・・・^^