自殺の練習をさせ死んだ雀を食べさす加害者に人権?
- カテゴリ:日記
- 2012/07/06 17:53:36
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120706-OYO1T00344.htm?from=top
細目、真偽はともかく、教師・教育委員会は
こういう姿勢でいいのでしょうか?
加害者に人権、といっても
「いじめがあったことは事実」
被害者にせめてもの償いとして、詳細を十分調べ、
結果を遺族・被害者に報告。
以後、いじめを減らす努力を継続していくのが
教育、いや組織のあるべき姿です。
死人に口なし、なのでしょうか?
人権っていえばなんでも許されるのでしょうか?
今日のエントリはいじめの件ではなく
常識(CommonSense)についてです。
自分はテレビをほとんど観ないのですが、
ネットニュースやYoutubeにてテレビの報道などを
見ることがあります。
先般のエントリでも書きましたし、つぶやきでも
つぶやきましたが、
「生活保護費がパチンコに使われても問題ない」テリー伊藤氏
■生活保護の原資となるのは税金であり、その使途については
納税者として知る権利があるのですが、命を救う公金でバクチを
打つのを誰が許すのでしょうか
「生活保護受けていてマンション買っても問題ない」
「公務員の刺青問題ない」
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20120522-00023807-r25
「生レバーの規制は間違っている」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012063002000150.html
■自分は規制はできるだけ少ない方が良いという考えです。
但し、以前焼肉屋で子供の死亡を含む集団食中毒事件が
発生した時に、食肉業界は「そもそも規制がないのが悪い」と
責任逃れをしました。
http://www.youtube.com/watch?v=Yr002OhHpIg
(ユッケ食中毒事件の逆切れ会見)
同列にはできないでしょうが、フグなどのように、厳しい
資格制度をつくる等、業界で自主規制をするつもりがないなら
規制は当たり前です。
など、常識はずれな見解が「常識」扱いされています。
カウンターカルチャー(対抗文化)
として、権力や強い者、主流文化に対抗するならわかります。
が、テレビのコメンテーターや司会などは「常識」側に
立つべきです。
マスメディア(大衆メディア)は
(朝日新聞社の朝日新聞を念頭においています)
大きい声のもの、威張り散らすものに対しては
いうことを聞き、その見解を無批判に受け入れ、
民主的なもの、声の小さいもの、謙虚な者については
無視するか批判するかどちらかです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110336666
↑300万人殺した体制を「アジア的優しさ」と賞賛
国民に大きな存在であるマスメディアが
中道という常識を外れているのでは、
権力・強い者に対する牽制になりえません。
思想が右でも左でもいいのです。
しかし、思想を伝えるのではなく、目の前の現実を伝える。
問題を見て、実現可能な答えを提示していくのが
マスメディアの使命ではないでしょうか。
使命に応えることを期待するのですが
期待に沿わない場合、マスのマスメディア離れが
起きうることは容易に想定できます。
(その際には「若者の新聞離れ」というタイトルでお願いします)
政府と一緒になって情報の隠ぺいは平気で行います。