Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「絨毯の魔法」(2)

「……この絨緞って、もしかしたら……カルヴェス山羊の?」
 夏至祭のために【学院】を離れたアレクが、ドアを開けて足元をまじまじと見つめ、恐る恐るそう口にする。
 『カルヴェス山羊の毛』が平地(した)では『繊維の宝石』と呼ばれる素材の一つだというのは知ってたけど、そんなに恐れるほどのものではない、と思う。
「そうだけど? うちに限らずこの辺では毛布も冬物の服も、毛織物は基本的にこれ」
 ぐぁ、と妙な声でアレクが呻く。
「なんて………………贅沢な」
 贅沢とは大げさな。
 この辺で使ってるのは、基本的に平地に出荷できるほどの質ではない、と判断された品だけなんだけど。
 でも、この絨緞は特注品だって言ってたから、贅沢っていえば贅沢かも。
「普段使いするようなのは、この辺の人の手作りだから。贅沢っていうほどでもないと思うよ? なにしろヤギの毛は『売るほどある』んだから」
 あはは、と乾いた笑いを洩らすアレクの背中を押して屋内に入る。
「この絨緞の模様は、祖父がわざわざ実物大の下絵を描いて作らせたんだって。よく見ると、部屋ごとにちょっとずつデザインが違うんだよ」
「へぇ?」
 青い花と赤い花が散らされた絨緞のデザイン。
 花と花の間は、およそこどもの歩幅の半歩分。
 ドア口から順番に花の上を踏んで歩くと……
「お祖父さんが山羊の毛の品質管理を始めたんだっけ?」
「他にもいろいろあるけどね。おかげで母はバイトしなくても卒業できたって」
「……は?」
「祖母と祖父は、祖母のバイト先で出会ったんだよ」
「……バイト? 正式に仕えていたわけじゃなくて?」
「うん。【学院】の教材費が払えなくて借金する羽目になって、一年休学したんだって。……【学院】の教材費が実費なのは、知ってるよね?」
「ああ、そうだな。教材を提供してくれる人の大半が卒業生なんで、王都の店で買うよりはずいぶん安く手に入れられるけど。……目利きも修行のうちだからな」
 目利き……呪符に使用する素材に潜在する魔力が高ければ、その分だけ呪符を作る方の魔法使いは楽をできる、ってことだな。
 祖母が作るやつは真反対を行っているけど。
「適当にその辺に座ってて。お茶でも入れがてら祖父か祖母を呼んでくるから」
 窓際のテーブルを指差してアレクを座らせようとしたら、不意に抱きしめられた。
「……ここの部屋は、『宮廷古典舞曲』だな?」
 髪の間に顔を埋めると、そう言葉が落とされた。
 小さくうなずいて肯定すると、「クリスの部屋のは?」と訊ねられた。
「……円舞曲、だった。ベッドの下から始まるのが女性ステップで、入り口から始まるのが男性ステップ」
「で、その上をぴょんぴょん踏んで歩いてるうちに、ステップが身に着いた、って訳だ?」
 頭の上でくすくす笑い。からかう響きがあるのに、声が妙に甘い。会うのは久しぶりだけど……こんな甘い声をする人だったっけ?
 ……ああ、あの『冬至祭』の期間中はこんなだったっけ。
「そういう事らしいね。……家の中での立ち居振る舞いの躾には厳しかったのに、この遊びはどういう訳かお目こぼしされることが多かったなあ、って……これに気が付いてから思い返した」
 祖父があの絨緞を最初に注文したのは、まだ母がこどもの頃だったそうだから、私のため、というわけではなかったと思う。
 でも、あれやこれやのいきさつがあって、私は王宮に入る羽目になって、……結果的にあの絨緞が役に立った。
 『どんな知識でもいずれ役立たないとは限らない』
 とは祖父の持論だけど。
「知らず知らずにダンスのステップが身に着くなんて、『絨緞の魔法』だな」
 実際に魔法がかかっているわけではないし、その『魔法』を使った人は魔法使いではないのだけど。

#日記広場:自作小説

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2012/07/02 19:06
 まぶこさんて文才があるんですね 面白かったです ^_^



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