きみがぼくを見つけた日
- カテゴリ:小説/詩
- 2009/06/19 23:54:10
タイムトラベラーもののロマンス小説。
オードリー・ニッフェネガー/羽田詩津子訳
邦題と紹介文の”タイムトラベル”といコトバにつられて本を購入して、
”あたし”一人称だったので、なんだか引いてしまって、
しばらく積読本になっているうちに映画化されてしまいました。
クレアの一人称が”あたし”、ヘンリーの一人称が”わたし”
二人の視点から語られる物語でした。だからって、”あたし”と”わたし”・・・。
クレアが初めてヘンリーに出会ったのは6歳のとき。
36歳のヘンリーは、クレアをずっと愛してきていて、彼の本来の時間ではクレアと結婚しています。
時々突然自分のところにやってくるいろいろな年齢のヘンリーと何度も会ううちに、
ヘンリーを愛するようになったクレアが、自分と同じ時間のヘンリーを見つけたのは20歳のとき。
それは、28歳のヘンリーが、初めてクレア出会ったとき。
ヘンリーは時間の流浪者。
自分の意思とは無関係に、突然、違う場所違う時間に裸で移動してしまいます。
数分、数時間、あるいは数日後、元の時間にまた突然戻ってきます。裸で。
何度も何度もクレアのところにタイムトラベルしていくのも、
愛すこと人が決まっているというのも、運命的でロマンチックだし、
ヘンリーがタイムトラベルによるアクシデントで亡くなってしまうのは悲劇だし、
「恋人が失われる未来を変えようとする物語ではない」ということは、新鮮で面白かったけれど、
”永遠の愛を描いた感動作”ってことですが、私はにはそれほどの感動作ではなかったです。
ヘンリーは、タイムトラベルの能力で、愛する人の子ども時代の時間を共有し、
結婚によって生じた夫婦間の問題に苦悩するころには、まるで息抜きのように、
そんな問題の関係なかった少女のころのクレアと楽しい時を過ごし、
自分が死んだ後の成長した子供にも、年老いたクレアとも出会うことができます。
SFになっていないことは、別にかまわないんだけれど、
ヘンリーがタイムトラベルで過去や未来に与えるちょっとした影響も、
当選宝くじの番号や値上がりする株を教えるとかということも含めて、
最初からすべてがすでに予定されていたことでしかなく、なんだか釈然としません。
たとえば、ヘンリーが予定された出来事を変えようともっとあがいてくれたなら、
ドラマチックで面白かっただろうにと思いました。
切なくて悲しくて辛い物語になってしまうだろうけれど。
映画の方が面白くなってるかもしれない、とちょっと期待してます。
レイチェル・マクアダムスとエリック・バナの
『きみがぼくを見つけた日(The Time Traveler's Wife)』
2009年8月米公開予定です。日本公開は未定~。
「ブラックホーク・ダウン」のエリック・バナは、すごく印象的でかっこよいですよねー。
SFというジャンルはあまり好きじゃないのですが、興味が沸きました。
切なくて、悲しくて、辛い物語、
うんうん、絶対こっちのが好きです、私もw
エリック・バナは、好きですよ!
もちろん、ブラックホークダウンのフートとしてですがw
日本で公開されたら、ちょっと観てみたい作品の一つになりました!