「祀り」参
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/15 14:50:04
・陰陽寮
「では、わたしはこれで」
真白な浄衣を着た若い男が、安倍吉平に見送られて今まさに建物から出ようとしていた。
「おい、章親じゃないか。来ていたのか」
探索から戻ってきた時親が声を掛けながら入ってきた。
「今は円弼(えんや)を名乗っております」
「身内には、昔の名前で呼ばせろよ」
遅れて入ってきた奉親がそう言いながら、円弼の肩に手を掛けた。
円弼は安倍吉平の三男、安倍章親。今年二十歳になる彼は、祇園感神院(今の八坂神社)に入り、今は神官としての修行をしている身であった。この後、晴明党を組織することになる彼もまた、優れた陰陽師である。
「午後からの祭事がありますので、お暇します。
兄上殿、祇園にお越しの際は是非寄ってください」
二人の兄と違い、もの静かな印象を与える青年であった。
「何か、見つかったか」
部屋に戻り、座した途端に吉平は聞いた。
「地方出身者らしい坊主が多かった」
扇子をひらめかせながら、奉親が答えた。
「それと法城寺の祖父殿の墓ですが、安倍家とは他流の御幣が周りに何本か刺さっておりました」
一礼をして、時親が報告した。父と言えども相手は上司、あくまで役人らしく振る舞う時親。
「どのような形の御幣か、見てきたか」
吉平が問い、即座に紙と筆を出して、時親に描かせた。
「私には何の御幣か、わかりませんでした。色は黄色でありました」
時親の答えに、ふーむと吉平は考え込み、だまり込んでしまった。
「章親が来ていたけど、何かあったのですか」
やっと服装を直して、奉親が聞いた。
「播磨の者が多数、都に入って来ているそうだ。
牛頭天王祭祀の件で祇園社への人の出入りが激しく、身を寄せている者がいるという。牛頭天王でつながった、祇園社と播磨広峯社。
双方の動き、円弼には監視を続けてもらう。
もちろん、我々も彼らの動きには注意を払わねばならん。
お前達が見た坊主は播磨の法師陰陽師ではなかったのか」
時親の戻した紙から目を離さずに、吉平が答えた。
「術者ならば、あの目の鋭さ、得心がいきます。
不穏な動きとは播磨の者達のことですか」
「私の占に出た、西からの風が彼らのことを指すのかもしれん。
彼らが都の東で何を企んでいるのか…。
探索、ご苦労であった。この件、陰陽頭に報告してくる。
次の指示があるまで休んでおれ」
吉平は守道にお伺いを立てるため、二人を残して部屋を後にした。
「今のところ掴んだのは、これだけです」
現状を報告して、吉平が御幣の絵を守道に手渡した。
絵を見るなり、守道はだまって席を立ち、部屋の奥から一冊の本を出してきた。
「私の祖父、賀茂保憲殿の弟だった慶滋保胤殿が僧形となって、播磨国を度々訪れ、播磨の陰陽師を牽制していたのを知っていますね。
その時に入手したと伝えられる播磨流陰陽道の御幣縁起集が、これです」
守道は頁をめくり出し、あるところで手を止めた。守道は絶句した。
「招来入魂の御幣!」