『紫翼のジーナ』９話
原案：はじめあき
作者：しゅーひ

馬に繋がれた荷台がガタゴトと一定の間隔で振動している。
その荷台には黒髪の若い男が寝そべっていた。寝ている時だけは整った素顔を見せる男である。
顔をあわせると何かと口喧嘩をしている時との顔とあまりにもかけ離れた鼻筋の通った顔が、またかえって腹だたしい。
寝てるだけ静かでいいかなと思うことにした。

それよりも、自分の置かれている状況を猛烈に後悔している。
荷台の振動でお尻が痛いし、この二日間に一度もお風呂に入ってないし、長旅になるから食事は控えろとお腹も空いている。
なんで、あの時旅立つことを了承してしまったのだろう。
自分が死ぬことは無いと判って気が緩んでしまったに違いない。
よくよく考えたら、この男の側にいなければいけない事と共に旅をする事は一緒ではないはずなのだ。

確かあの時、お師匠が
『それなら、このガロンという者を探しに行く以外ない。私も同行するので安心しろ』
なんて事を言われて、そうかー安心だー、じゃあ行こうー、なんて思った気がする。
あれ？アタシってバカ？うんにゃ、認めたくない。そうだ、やっぱりお師匠が悪い。お師匠が安心しろなんて言うからだ。
お師匠に文句の一つでも言わないと！

「お師匠！ねぇ、お師匠ってば！」
「なんだ、リン起きたのか？道理で寝言が聞こえないと思った」
荷台ではなく、馬を引いていたクロストが振り返りもせず答えた。
「アタシ寝てませんー。こんなガタゴトする所では繊細なアタシには耐えられません」
「そうなのか？さっき『ふんどしキッド参上！』と大きな声を張り上げていたが、それは寝言ではないのだな」
「なんですか？そのふんどしナンヤラって…」
「オマエの寝言の事など知らん」
確かに先ほどまで寝ていたのだ。空腹を紛らわすのは寝るのが一番だと聞いた。え？だれに？ジーナに。

『いいんじゃないのか？適度に痩せて、体型も良くなるだろう。オンナというものはそういう事を気にするんだろ？』
なんて余計な事まで言っていた。本当に腹立たしい。
こんなに腹がたつのは空腹のせいにちがいない。
「お師匠、お腹が空きましたー」
「もう少し行くと村があるはずだ。そこまで我慢するか、もう一度ふんどしキッドの夢でも見ていろ」
「うー…」

このような感じで、いまいち腑に落ちないままリンは旅を続けているのだった。
しょうがないから、もう一度寝ちゃおう。ジーナの横で寝るのにも慣れてきたしとリンは思った。
どういう訳なのかコイツの横にいるとなんとなく安心して、寝つきがとても良い。
ものすごいく腹立たしい相手なのに。ムカつくヤツなのに。変だなぁ、おかしいなぁ…。

のどかな陽射しが荷台に落ちている。
クロストに文句を言っていたリンが、しばらくすると「ニャンコのタワーだー」とおかしな寝言を言い出した。
なんだかんだで、リンが一番旅を満喫しているのではないかとクロストは感じていたが口に出すことは無かった。
荷台の上でジーナとリンが並んで寝入っている姿を微笑と共に眺めたクロストは
「私とマリィとは大違いな二人だな」
とつぶやき、また前を向いた。

口を開くとケンカばかりでうるさい二人である。静かなのは寝てる時がぐらいであろうか。
クロストは馬の手綱をぐっと握り締めた。近隣の村までは、もう少し馬車を走らせないといけない。