契約の龍(48)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/03 01:40:41
「ただいまぁ!」
「お帰り。セシリアだけでも残れば良かったのに。学校が始まるころ、迎えに行くから」
学長が玄関先まで迎えに出てきて、にこやかにそう言った。
「え?どぉして?あたしおまけなのに。一人だけ居残れないよ」
「いや、休み中あっちに行ってると思ったんで、コートニーさんたちを休みに出したんだ。私一人だけじゃ君たちの面倒は見切れない」
コートニー夫妻は学長の家の管理全体および対外的な学長の業務を取り仕切っている有能な夫婦だ。魔法使いではあるが、時々その事実を忘れそうになるほど魔法以外の部分で評価されている。…うちの親もこんなだっただろうか、と時々思う。
「…すみません。いろいろとご迷惑を」
「いや、迷惑ってことはないが…いろいろ行き渡らなくって悪いなあ、と」
「コートニー夫妻が返ってくるのはいつの予定です?」
「何事もなければ、五日後、かな。まあ、それまで不便をかこつ、というのも趣があるか」
趣って…
「俺とセシリアの面倒くらいは俺が見ますよ、五日くらいなら」
「えぇー!五日もぉ!?」
セシリアが悲鳴を上げる。
「…餓死しちゃわないかなぁ?」
ひどい言い草だ。
「食事だけなら何とでもなるさ。町まで出れば食料は手に入るし、学院の寮の厨房にも備蓄食料がある。問題は、掃除洗濯、だ」
長期休暇でも、補習だの外部から講師を招いての特別講義だのが組まれているので、寮が空になることはない。ただ、サービス職員が減るので、基本的に寮生は自活を余儀なくされる。
……ということをクリスは把握しているだろうか?
寮での長期休暇の過ごし方についてのアナウンスは…今年は聞いた覚えがない。
「寮の食料を流用するのって、問題あるんじゃないかなあ?」
「…ところで、いま何人くらい寮に残ってるんだろう?」
「さあ…十五・六人ってとこじゃないかな、男女合わせて」
「それがどうかしたの?」
「いや…なんでもない。セシリアの荷物が沢山あるから早いとこ運びこんじゃおう」
さしあたり今日のところはセシリアも俺も疲れているだろうから、ということで、町まで食事に出ることになった。出かけるついでに食料を手配したい、というので、食料庫へ行って、食材のチェックをして戻って来ると、クリスが来ていた。……厨房に。
「うわっ……なんでここに…?」
「何で、って……ポチに呼ばれて」
「…は?」
「おにーちゃん、クリスちゃんのごはんのこと心配してたみたいだから」
クリスちゃんのごはんって…クリスはペットか何かか?
って、俺がペット扱いしてるって事か?
「…私は、一人でほっとくと食事もしない、とでも思われているのか?アレクに」
「そんな…事は」
大急ぎで首を横に振る。
「なら、いい。私にだってちゃんと目がついてるし、記憶力だって普通にあるから、寮の食堂が閉まっているのにも気づいたし、厨房と倉庫に常に五百食づつ非常食が備蓄されていることも覚えている」
「はぁ…」
お見逸れしました。
「でもまあ、気にかけてくれたのには、感謝する。食事時にここへ来れば、炭ケーキよりはまともな物が供されるとか聞いたが?」
「「炭ケーキ」のことは可及的速やかに忘れていただきたい。間違っても他の学生になど話したりなさいませんように」
「自分から話題を持ち出したくせに。まぁ、言わなくてもあたしが言ってたけど。…ところで、前から思ってたんだけど、クリスちゃん、おにーちゃん相手だとしゃべり方が偉そう」
「…そうかな?」
確かに、偉そうだ。自覚がないようだが。
「どうやらクリスはこれが「素」らしい。で、「素」の時は、あまり良く知らない人に対しては無口になる。で、よく知らない人と話す必要があるときは、口調が丁寧だ」
「…よく観察してるねぇ。こんなに他人の事に詳しかったことなんて、あったっけ?」
詳しいっていっても、表面的に見えてることだけだが。
それに、何か誤解があるようだが。俺がまるで他人に関心を持たないかのように聞こえるじゃないか。
「だって…セシリアの知らない人の話をしてもつまらないだろう?」
「そんなことないよ。…たぶん」
「…そうだな。普段アレクが人のどんなとこを見ているかがよくわかるしな」
「せっかくだから、今日はおにーちゃんにお友達のことを語ってもらおう。せんせぇもきっと興味あるよね?」
「俺が一方的に喋らされたら、いつ食事すればいいんだ?」
「喋りたくないのなら、別にいいんだぞ?強制はしない」
「ただ、食事中、食べるのに専念するだけ」
………ぜひともそうしてほしい。
アレクがどんどん「いじられキャラ」になっていく。
こんなはずではなかったのに。