契約の龍(47)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/02 11:11:28
ここへ来てすぐクリスが予言したとおり、セシリアの元へは毎日のように何らかの贈り物が届けられている。成長期の子どもがこんなにたくさんの服をもらっても、と遠まわしに断ろうとしたら、翌日は帽子やら髪飾りやらが届いた。クリスが以前「あの人の子どもに生まれなくてよかった」と言った気持が、今なら少しだけわかる。
「どーするんだ?この大量の服」
幻獣捕捉学の課題をまだあきらめていないクリスが、早めに学院へ戻りたいというので――学院内で捕まえるつもりらしい――当然俺たちも一緒に引き上げることになる。それで荷造りにかかっているのだが、セシリアに贈られた服だけで、持ってきた荷物の軽く二倍はある。贈られたのは服だけではないから、どれだけの荷物になるのかと思うと、頭が痛い。
「んー……せっかくだから、全部持って帰りたい。けど…やっぱり迷惑、だよねぇ…せんせぇに。大体、しまうとこないし」
十日ほどの滞在で、収納に困るほどの服が送りつけられるんだから、……もっと長期間いたはずのクリスはどうだったんだろう?
「私?バラした」
クリスに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「バラした、って?」
「解いて、素材別に分けて、しまう。刺繍とか、レースとか、手の込んでるのは除いて。それに、途中からフリルだのリボンだのは取り外せるようにしてもらったから、それほどかさばらなくなったし」
「…なるほど」
そういえば、そんな事を聞いた気がする。
「色糸やビーズもいっぱい手に入ったから、服に呪符を付けるとき、随分重宝した」
なるほど、そういう用途もあるのか………って。
「…クリス?」
「何か?」
セシリアの服の分類と収納を手伝いながら、クリスが生返事した。
「この間、呪符の構成要素について、何も知らないようなこと、言ってなかったか?」
「………呪符の構成要素?……そんなこと、言った覚えは……」
たたんだ服を種類別に分けた山の上において、手を止める。
「もしかしたら、特定の素材がどう、っていう、あれ?」
「そう、それ」
「呪符が、「要素」の「配置」で構成されることくらい、基本だもの、知ってるよ?ただ、「要素」が高価なものだと思われている、っていうのを知らなかっただけで」
「クリスの育ったところでは、街で高価だとされているものがごろごろ転がってる、とか?」
「まさか。高価な素材、というと、宝石・貴石の類だろ?そういうのは入手手段が限られてるから、うちではめったに手に入らない。だから、量で攻めるんだ」
「量?」
「うん。例えば……そうだ」
そう言って立ち上がり、あの「残念な人形」を持って戻ってくる。
「例えば、これ。複数の呪陣の組み合わせでできてるけど、石は使われていない。呪陣はすべて色糸の刺繍で構成されてる。…この、表面だけでなく、中に入ってるコアも」
…なるほど。言われてみれば、人形に着せられている服に入っている刺繍には呪陣がまぎれているし、人形の目を止めているステッチも呪陣の一部を形成する形になっている。
たとえ擬態にしても、子供の遊び道具に貴石を使うのは危険だ。いろいろな意味で。
「ただ、石よりも色糸の方がもともとの力が弱いし、力が減るのも早い。だから、何重にも呪陣が重ねてある。母の話によれば、だが。………だけど……」
人形の顔をじっと見てしみじみという。
「…ひょっとしたら、人形の造作が今ひとつな事の言い訳かもしれない」