3年前のお正月
- カテゴリ:家庭
- 2012/01/07 21:11:54
昨日から胃腸炎らしき風邪を引いて寝込んでいる娘。
お陰さまで、今はベッドのなかで状態を起こして、少しの間テレビを見ています。
体を冷やすといけないので、フリースの上着を着せて…。
そんな娘の姿を見ていたら3年前のお正月が「あんなこともあったけ…」と
一気に記憶が蘇ってきました。
年が明けて2日の朝から40度を超える高熱を出してしまった息子。
3~4ヶ月に1度はこういう状態になるので、びっくりすることはないのですが
年明け早々のことで、救急外来に連れて行くしか手立てがなく。
救急外来も何度も経験していて混雑ぶりが頭に浮かび、こんな状態の患者でも
診療が終わるまでに数時間かかるのはお決まりのことなので、病院に連れて行くか
連れて行くまいかと暫し考えてしまいました。
連れて行った病院から総合病院へと救急車で運ばれた経験もあります。
何かあっては「後悔先に立たず」ですので、主人と病院へ。
入院させなければ抗生剤などを処方してもらって終わりということがわかっていますので
連れて行くのを躊躇するのですが。
でも、あまりにも白血球の値が高い場合もあるので、こちらから採血と検査依頼も。
幸いに異常はなし。
長時間待って『あっという間の診察』の後、帰宅。
病院にいる間中、熱が高いため息子は意識がはっきりしない状態。
今回は主人がいるので助かりましたが、いつもはひとりで息子を担いでいくのが常。
腕力は日々の買い物時につけます。
カートは一切使わず、10キロだろうが15キロだろうが持ちながら店内を歩きます。
20キロの灯油も大丈夫。
そうでないと、45キロほどにもなった息子を支えて歩けません。
(現在、55キロ。もう、私ひとりでは無理かも~^^;)
救急外来受診から2日後も高い熱。
これから病院に連れて行き、入院させるかどうか先生とご相談と思っていた矢先
担任の先生からお電話が。
「特別支援学校へ出した書類が差し戻されてきたので緊急に話し合いをしたい」とのこと。
「え~、もう1月だというのに、今になって何故???」
高熱の息子を泣く泣く義母に託し、主人と教育委員会のある建物へと急ぎました。
結果から書きますと、担任の先生が
「このお子さんはこんなにたくさんできることがあります」
と、言いたかったがために、支援学校へ提出する書類の出来る・出来ないの項目欄の
全ての出来るの方へ○をつけたとのこと。
先生…解釈が違ってはいませんか?
お願いです、出来ないことまで出来る方に○を付けないで下さい。
支援学校側はこの書類を見て
「こんなに出来るお子さんであれば支援学校への入学を許可することはできない」
との判断で、書類が差し戻されてきたという訳でした。
親子3人で、盲学校も含め学校の見学会へは足繁く通い…これでようやくと思いきや
土壇場で差し戻されることになろうとは。
私、怒りの表情などは極力抑える性格ですが、この時ばかりは顔がこわばって
いたと思います。
4年間、最後の最後まで振り回された先生でした(;;)
しかも貼付する書類すら付けてなく
「書類、付いてませんよっ!付けなきゃ通る訳ないでしょう」と、自分よりも若い
教育委員会の担当者に注意を受けてしまう、おまけ付き。
「いえね…。私はこんなに出来るお子さんなんですよ、という事を伝えたかっただけで」
と、担任の先生はしどろもどろ。
「もう、それはいいですから…どうか入学許可だけは取らせて下さい」
そんな心境で、教育委員会の担当の方に主人と深々と頭を下げて急いで帰宅。
息絶え絶えの息子を抱えるようにして車に乗せ、総合病院へ。
即、入院。
熱は41.8度。
こうなると自分では歩けず、声掛けにも反応なしです。
毎回のことですが、頭がおかしくなるんじゃないか…連れて行かれてしまうんじゃないか
そういう思いが頭の中でグルグルしていて、本当に恐いです。
1週間後に退院。
出来ていたことも出来なくなってしまう。
3歩進んで2歩下がる…そんな感じかな。
退院して、出来なくなってしまったことからまた始める。
毎回のことだけれど、それが悲しくて。
でも、1歩は進んでいることになるから確実に前には進めてる…そう自分に言い聞かせる。
怒濤の如く過ぎた1月。
そして2月。
待望の入学許可が届いて、ホッと胸を撫で下ろし…。
そして卒業式と。
心配したり焦ったりの年明けから3年。
あれほど入退院を繰り返していた息子は、この3年間は1度の入院もなく。
こんな日がくるとは想像もしていなかったし、自分より背丈が伸びることなど
もっと想像できなかった。
ふと…振り返ると、そこには歩んできた道筋が残っていて。
ともすれば、自分ひとりががんばってきたような傲慢な思いが頭をもたげるけれど
一番がんばってきたのは当の本人。
息子と、そして娘も。
忘れてはいけない主人も…ね。
誰が欠けても、どれが無くてもきっと成立していない。
そう…きっとそうなんだと思う。
今までやってきたように、これからも。
形は変わっていくかもしれないけれど、家族という単位は大事にしていきたい。
大事な大事な財産です。
つたない私の文章…そのようにおっしゃって下さってありがとうございます。
多かれ少なかれ、それぞれのご事情があるのかとお察しします。。
以前、どなたかがおっしゃっていた言葉で記憶に残っている言葉に
「良く見える家庭にだって、それ相応の事情や悩みがあるものだよ」
という言葉があります。
裕福なご家庭にもそれなりに。
平々凡々の我が家にも分相応の数々の悩みが。
chocoさんはご自身のこと、もがいていると表現されていますが
今の状況下からどうにかしようとがんばっているからこそのこと
なのだと思います^^
時にはがんばることも必要です。
ですが、がんばり過ぎると疲れてしまいますから…。
時には休んで下さいね^^
私からのお願いです。
chocoさん…私こそ、ありがとうございました。
お陰で私も、あとひと踏ん張りが出来そうな気がしてきました^^v
しのみぃさん、ありがとう。
出来ない時は出来ないなりでいい、
すごく救われました。
もがいてます、ふんぎりがつかなくて、
親になると自分の事だけなんて考えられないですもんね。
前後左右どちらにも動けず、同じ場所でもがいている自分が情けなかった。
だけど、救われました。
しのみぃさんの文章にいつも励まされています、
様々な思いを乗り越えてきたからこそ、
心に響く言葉がしのみぃさんからは生み出されるのでしょうね。
ありがとう…。
もったいないお言葉の数々、ありがとうございますm(_ _)m
まやさんほどはがんばっていないです…きっと。
目の前にある事柄を、ただがむしゃらにこなしてきただけ。
不器用ですし、能力もたかくないことは自分で認識していますので^^;
馬車馬の如く、日々をがむしゃらに過ごしてきて今があって
初めて私の前に広がる景色があるのかな。
名所的な、素敵な景色ではないかもしれないけれど、自分にしかない景色。
そこに家族の顔が浮かんで見えています^^
息子さんの頑張りはもちろん、しのみぃさんの愛が、家族の皆さんを引っ張っていく原動力になったんだと思います。
家族を思う愛、子供を思う無償の愛、愛おしいと思う気持ち・・・素敵ですね。
これからも色んな事があるかもしれませんが、体に気をつけて乗り切ってください。しのみぃさんなら、できると思います。
もったいないお言葉の数々、ありがとうございます。
息子は目に見えないものを意識する力が弱いので、パターンとして
「ありがとう」「お願いします」そして挨拶の数々を教えてきた感じです。
その場の空気を読むということはとても難しいことですが、息子なりの形であれ
社会の一員として生きていくことになったときに、そのような対応も
少なからずできるようにして置かないと。
やはりパターンで…いくつか頭の中に入れておかないとと、思っています。
2学期の終わりにクラスメイトとちょっとあったものですから…^^;
失敗は学ぶ場ができたと思って、知らないからやってしまったということもありますし
次は今度よりうまくできるよう、教えていかないと。
でも、本人以上に私が落ち込んだんだと思います^^;
母はど~んと、しっかりとしないといけないのですけれど。。。
ここまでの苦労があって、しのみぃさんはじめご家族皆さんの
がんばりがあったからこそ
今の喜びはきっと数倍になっているのだと思います。
息子さんもきっと心の中でご家族の皆さんに
感謝してると思いますよ(^_-)-☆
意識のない55Kgの体重を支えるのは大変かも?
何か方法ないかな?
看護士さんに支えるコツとか教えて貰うといいかも?(^v^)
息子さんの健康状態が良くなる事を祈ってます(^^♪
いつまでも、ご家族をご大切に!
しのみぃさんも健康に気を付けて頑張ってくださいね!
全身改造、ムキムキウーマンにならないとダメでしょうか…やはり^^;
45キロの頃でも、時には病院玄関前に止めた車に乗せようとして
意識のない息子をどうしても後部座席に乗せることができず、
「お願いだから乗ってよぉ」と半泣き状態で、息子を抱えていたら
仕事帰りの看護士さんらしき方が通りかかり、さささっと手早く
乗せて下さいました。
救いのない状況下で天使か女神さまが通ったかと思い、ペコペコと
何度もお辞儀をして後ろ姿を見送ったものでした。
私もあの方のようになりたい…そう思ったのでしたが、
まだま~だ修行の道は遠そうです(-_-)
今回の記事でよくわかりました。
それはほんっとうに、大変だったね~。
今の息子さんの状態がとても嬉しいのも、よくわかります。
母親一人で支えきることは不可能だよね。
他のメンバーがいて、みんなで支え合って、ひとつの家族。
だからこそ大切な大切な家族。
娘さんも具合が良くなってきて、本当によかったね。
でまあ、実際の話、
55キロになった人間を抱きかかえるのは、もう無理よ。
ぎっくり腰になっちゃうから、
救急車や病院のストレッチャーのお世話になりましょうね。
うちのももう65キロだから、
母の力で動かすことは絶対不可能になっちゃいました。(^_^;)
ありがとうございますm(_ _)m
自分の人生のなかでは、出産後が一番色々なことがあった時期でした。
あ…、これからの人生のほうがもっと波瀾万丈だったりして^^;
それは勘弁(-_-)
特別支援学校、入れなかったらどうしようかと思いました…本当に。
ですが、教育委員会の担当者の方がとてもよくして下さり
たぶん、機転も利かせて下さったのかも。
頭の回転の良さそうな、物腰…。
担当者が当たりの方で助かりました^^
ありがとうございます♪
その中でも しのみぃさんが自分自身しっかりしてないと!って1番気を配っているのだと思います
息子さんが大変な状況のとき支援学校の問題があったとか・・・しんどかったですね
無事に乗り越えることができて良かったです
そ、そんな(T_T)
おこがましいです。
本当に。
私はすごく短気ですし、お小言は多いしで…
決して理想的な良い母ではありません。
不器用なんでしょうね、生き方が。
損しちゃう。
と、言うか…損しているなって思えるぐらいの
ポジションが気が楽なのです^^;
もっと欲を出したいけれど、なんとなく居心地が悪くて。
なんでだろう。
ははは~、損な性格だわねっ^^;
家族みんなが支え合って本当に大切な存在ですね。
それでも一番頑張ってきたのはやっぱり何と言ってもしのみぃさんだと、私は
思えてなりません。
健闘賞を差し上げたいくらいです。
いえいえ。
偉そうなことを書きましたが、今年のお正月早々に…私、大失態をしでかして
家族に嫌な思いをさせてしまたので。(以下、自粛です…(-_-))
こんなことを書ける身ではないのですが。
でも、すごく…すご~く記憶が押し寄せるように蘇ってきてしまって
書かないといられないっといった感じで、一気に書いてしまいました。
今、色々なことをここで吐き出させてもらっているのかもしれません。
お聞き苦しい内容や箇所などがございましたら、申し訳ありません。
思うのですが、おおちゃんも↓で書かれていらっしゃるように
多くの方がそれぞれの場所で、それぞれの形でがんばり、時には
もがいたり…。
そうしているんだと思います。
がんばろうとしてがんばれる環境でなかったり、そういうタイミング
でもなかったり。
しようとして出来ないときもありますよっ。
chocoさんも、今…その場でやれるだけのことはされていると思います。
出来ないときは出来ないなりでいいのだと思います。
私の場合は能力が乏しいくせに、やり過ぎてしまう傾向にあり
それがなかなか直せないでいます。
『過ぎたるは及ばざるが如し』今年は分相応でありたいものです。。。
素晴らしいです、どこの家族にも、
誰もがそうあって欲しいことだけど、そうでない場合の方が多い。
うちもそう。
しのみぃさんも家も皆素敵です。
14キロの息子を重い重いと言ってる自分…恥ずかしい>m<
ありがとうございますっ♪
嬉しいです。
でも、貴重な涙をいただいてしまってごめんなさい。
おおちゃんの大らかさやあったか~い言葉。
それらは、たくさんの感情から紡ぎ出されて出てきているなかな…
なんて、感じたりしています。
たくさんの経験や思いをしているからこその言葉には
「そうだよね」と思わされたり「ほろり…」とさせられたり。
心に働きかける何かがあるように思います。
ブログで書くことで、自分の心の奥底にある思いに気づかされることって
少なくなくて…私の場合。
書くことで客観的に自分の気持ちに向き合えたり。
そして皆さんとの交流に繋がったり…。
他人様に迷惑をかけない、そして自分をも傷つけないで気持ちを吐き出すと言うか
表現することって、やはり必要なのかな。
なんとなく、楽になるような気がします^^。
おおちゃんのキレイな涙は、もっと大事なときに使って下さいね。
つたないブログですが、読んで下さってありがとうございます^^
いろんな経験をしていろんな思いをして
ここに癒しを求めとる方たちって結構おると思う…
私もアホ丸出しじゃけど、その中の一人。
しのみぃさんの頑張りは見てくれとる人 いっぱいおるよ♬
神様だって見てくれとると思うっΣd(´∀`)
これからも試練があるとは思うけど、お互い負けるもんかって蹴散らしちゃろぉねっ♬
ウチらも3人で先を見据えて頑張って行こうと思うよ(*´σー`)エヘヘ