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迷宮9 前編


 壁の時計は3時15分を回っている。
 (こんな時間に起きてるんだもん。誰だかわかんないけどコーヒーとかって飲むかなぁ・・・)  
 玲は思い切って書斎のドアをノックした。  
 「―――はい・・・。」  
 書斎のなかからくぐもった男の人の声が聞こえる。  
 玲がその返事を受け扉を押し開けると、デスクの重厚な椅子に座りこちらを振り返る孝也の姿があった。  
 「孝也くん?!」  
 「玲?!」  
 「「どうしたの、こんな時間に?!」」  
 二人の声が同時に重なった。  

 一瞬間をおいて先に口を開いたのは、孝也だった。  
 「どうしたの、こんな時間に?」  
 孝也は正確に同じ言葉を繰り返した。  
 「え?」  
 「え?じゃないでしょ。もう3時過ぎてるでしょ。それに、気分の方はどう?」  
 少しぶっきらぼうだけど優しい孝也の声が、先ほどまで沈んでいた玲の心にや優しくしみこむ。  
 「・・・ありがとう。もう大丈夫だよ。心配かけてゴメンね。―――孝也くんはまだ仕事なの?」  
 「ぅん・・・。あともう少しなんだけどね。」  
 そう言いながら視線を手にした書類に移した。  
 「あ、あのね、孝也くん・・。」  
 「何?」  
 「あ、あのね・・・。まだ仕事するんだったら、コーヒーか何かいれようかなぁって・・・。」  
 その声に孝也は書類から顔をあげ、ゆっくりと微笑んだ。  
 「―――サンキュ。」  
 玲はその孝也の微笑みに顔を赤らめながらそっと書斎を後にする。 先ほど起きたときに胸をふさいでいた孝也と夏季の関係も、他愛ないようなことに思われた。  
 「はい、どうぞ。孝也くん。」  
 玲はキッチンを借りて、孝也の分のコーヒーと自分の紅茶を入れる。孝也のコーヒーと自分の紅茶に砂糖とミルクを落としてから孝也にコーヒーを手渡した。  
 「あぁ。」  
 孝也は顔を上げずにそのコーヒーカップを受け取る。そして一口すすった。  
 「―――サンキュ。」  
 孝也がコーヒーカップを少し持ち上げて笑った。  
 「う、ううん。それくらいしか出来ないもん。」  
 玲は寂しそうにポツリと応える。  
 「玲?」  
 いつもと違う玲の様子にどうかしたのかと言外に問いかける孝也に玲は首を横に振った。  
 「ううん。なんでもない・・。」  
 「なんでもなくないでしょ?それに今日は昼くらいから様子がおかしかったし・・・。」  
 たたみかけるように問う孝也に、玲はまた首を振る。  
 「本当になんでもないの。」  
 「―――俺には言えないこと?」  
 「・・・・・・。」  
 「俺ってそんなに頼りない?玲の力になれない?」  
 そう言って孝也は手にしたコーヒーカップを脇に置いた。  
 「俺は玲の婚約者だろ。それなのに俺には頼ってくれないんだ?」  
 そう寂しそうに微笑んだ。  
 「・・・孝也く・ん・・・。」  
 そう呟く玲の元に孝也は一歩一歩近づいた。  
 そして玲が座っているソファーの横に腰を落とす。  
 「玲・・・・。」  
 孝也は両膝の上で握られていた玲の手を自分のそれでそって包み込んだ。  
 「話して・・・。」  
 そう囁きながら、彼女の手に口付けた。  
 「あ、あのね・・・。」  
 玲はその孝也の突然の行為に面食らいながらも、ボツボツと話し始める。  
 

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