契約の龍(42)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/28 00:28:00
「封の呪」は、中にあるモノを外へ出さないようにする結界の呪陣なので、「幻獣憑き」であるクリスは「封の呪」が発動している間、呪陣の外へ出ることができない。魔法によって内側から呪陣を壊すこともできない。呪陣は結界の外にあり、結界の効果は、魔法そのものにも効果を及ぼすからだ。
「封の呪」だけならば、俺が結界の外へ出て解除すればいいのだが……どうやらあの二人はご丁寧に普通の鍵をかけて行ってしまったようだ。
外側から鍵をかける、というのが通常の措置なのか、「龍」が暴れ出したのに恐れをなしての措置なのか、それとも何か他に思惑があってのことなのかは判らないが、いずれにせよ、俺たちが閉じ込められた状態にある、ということだけは確かだ。
「…どうする?」
さんざんドアを叩いたり、揺すったりしてみたが、外からは捗々しい反応がないので、お伺いを立ててみる。
「どう、って?」
「おとなしく救助を待つか、破壊活動を行ってここから脱出するか」
「破壊…?」
「窓を壊すとか、ドアを破るとか」
「できるのか?」
「やってみないことにはわからないが…」
建物の建材が魔法で強化されている、というわけではなさそうだ。適切な道具があれば壊すのは難しくないだろう。だが、おそらく「適切な道具」は、この建物の中にはあるまい。
「破るなら、窓の方だろうな。ちょっとこの扉は堅そうだ」
ドアを叩いた感触では、結構な厚みがありそうだ。魔法で強化されていないとはいえ、「適切な道具」無しで壊すのは難しいだろう。壁はレンガ製だから、論外だ。
「…窓って…」
低い位置にある換気用の窓は、外側に装飾された鉄格子が嵌っている。だが、上の方に取り付けられた嵌め殺しのガラス窓には、格子は取りつけられていない。
「明かり取りの、あれ?でも、あの高さから降りるのは、危険じゃないか?」
「外に出れば、魔法が使える。何とかなるだろ」
「…なるかな?」
消耗しているせいか、魔法に頼れない状況のせいか、クリスが妙に気弱だ。
「何とかしよう、だな。無事を祈っといてくれ」
破壊工作の道具には、シャベルを選んだ。以前ここが温室として使われていた時に置き忘れられたものらしい。
シャベルを担いで、窓に上ろうとして、ふと窓の位置が大公のベッドにかかることに気付く。
「割れたガラスの始末は、任せて大丈夫か?」
「破片が飛び散らないようにするくらいは。修復する、っていうのは、無理そう」
「それで十分」
足場の悪い状態でシャベルを窓ガラスに叩きつける。思ったよりも頑丈なガラスで、ひびが入るまでに三回、砕けるまでにさらに三回振り回すことになった。シャベルの柄がぐらぐらしだしたので、あとは振り回さずに垂直に叩いて割る。
ようやく通れるくらいの穴があいたころには、日が傾きはじめていた。
破壊作業を続けている間に誰か通らないかと期待したが、普段から人があまり来ない場所らしく、音を聞きつけて誰かが来る、という気配もない。
窓枠に引っ掛かった破片を下に落として、外へ頭を出す。真下を見ると、植え込みにガラスのかけらがいくつか散っているのが見える。あの上にだけは落ちないようにしないといけない。
「大丈夫そう?」
下からクリスが声をかけてくる。
「あー…ちょっとばかり目算を誤ったかもな。ガラスがいくらか外に落ちてる。まあ、大けがにはならないようにはしたい」
それを聞いたクリスが、格子のはまった換気窓を開け放つ。
そして、澄んだ高い声で何か歌った、ように聞こえた。続けて、鋭い声でポチ、と呼ぶ。すると空の一角に大きなリンドブルムが姿を現す。