契約の龍(41)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/27 08:12:26
軽い衝撃があって、自分の体に戻ったのに気付く。
傍らのクリスの様子を窺う。
呼吸が浅いが、前の時ほど消耗した様子は見られない。
微かに身じろぎして、ゆっくりとまぶたを開ける。
「アレク?…食べられてない?」
「現実の体の方は、大丈夫そうだ。……ちょっとこわばってるかな?」
反対側の腕を曲げ伸ばしして見せる。
「時間は……どれくらい経ってる?」
「さあ…外は明るいから、半日は経っていないかと思うが。…遮蔽を解いても、大丈夫そうか?」
「うん……今はおとなしくしてるみたい。クレメンス大公の「金瞳」の状態は判らないけど」
言われて、大公の方に目をやる。何事もなかったかのような様子だ。
「見たところ変化はないようだけど……失礼して、ちょっと胸元を開けてみてもいいものかな?」
「…あとからちゃんと戻しておけば、差し支えない、と思う。当初の予定では、私がそこから潜行する予定だったんだから……それに、モリー医師は、毎日診察のために開けてる」
「それもそうか」
お墨付きをもらった、ということで、失礼してベッドの上掛けを剥いで、大公の寝間着の前を開けさせていただく。
「これは…」
思わず息を呑む。
大公の胸部全体をほぼ覆う大きさの目がそこにあった。しかも、その黒々とした瞳孔はほぼ円形をしていて、その名の由来である、金色をした虹彩の部分の部分は、ほとんど見えない。
「確かに、怖い。……モリー医師は、毎日これに触れてるのかな」
「職業意識で、恐怖を押さえているのかもしれないな。魔力を感じない人にとっては、痣や入れ墨と同様なのだそうだから」
「…誰から聞いたんだ?そんなこと」
「誰だったろう…?もう十年近く前……初等学校に行ってた頃の友達か、その親か…そのあたりだと思う」
「初等学校?」
「ああ。十歳前後くらいの子供を集めて、簡単な読み書きとか、計算とかを教える……この国の周囲の状況とか、王国史なんかも、かな。……クリスは行ってないんだ?」
「そういう施設があるのは、都会だけだと思う。だから、私が王国史に疎くたって、恥じるところは何も無い」
言い切った。
あまりに堂々と言い切るので、思わず苦笑が漏れる。
「でも……クリスのお祖父さまは、ちゃんと王国史を習ってるはずだよ?」
「教わるような機会がなかったから。必要もなかったし」
「必要ない、ねぇ…まあいい。問題は、この「金瞳」が活性化してるかどうか、だったな。…こんなに開いてるのに、魔力を放つ兆しもないな」
「それはどうかな。ちょっと離れてて」
クリスが指先に、小さな灯りを点す。灯りが指先を離れて、ふわふわと大公の方へ漂い……消えた。
「やっぱり食われた。「エルク」が近寄らないのは、正しい」
そう言って、大公の寝間着の前を合わせ、上掛けを元に戻す。
「…たったこれだけの間にも、随分持ってかれた気がする」
クリスの手が、血色を失って、蒼白くなっている。
「なんでそういうことを自分でする…!」
急いでクリスの手を取る。冷たい。
「だって、アレクには、ここの遮蔽を解除してもらわないといけないし」
…そうだった。
空いた方の手で、室内の遮蔽を解除する。その間にクリスが何か小声でつぶやいたような気がしたが、改めて訊くと、独り言だ、と返ってきた。