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日々reco新聞


ドストエフスキーとトルストイ


ロシアを代表する二人の長編作家

(ソルジェニーツィンも確かに長編小説作家であるが、彼はソ連人である)

彼らの作家は多くの言語に翻訳され、
多くの世代に支持されて、
多くの人の愛読書となった。

日本においては、外国小説が伝来した明治中期から
知識人や作家は二人の作品を読んでいる。
当時はまだ翻訳技術が確立されていなかったので
読者は原語或いは英仏語で苦労しながら読んだものと推測する。

二大巨匠の後の世代、世界の作家は多かれ少なかれ二人の影響をうけている。
具体的な人物をあげるなら、夏目漱石とミラン・クンデラである。
(ミラン・クンデラはその著、「存在の耐えられない軽さ」が有名である)

ドストエフスキーとトルストイは作風や性格が異なっている。
同時期の同じ国の同じ長編作家にも関わらず、作品の類似点が殆ど無い。

自分が注目するのは二人の作中人物である。
リョービンはアンナ・カレーニナ、ムイシュキンは白痴に登場する。
二人は異なる人物である。

リョービンは議論より実践を好んだ。
それは当時のフランス思想の大家、ジャン=ジャック・ルソーが理想とする姿である。

一方のムイシュキンには定説としてモデルが指摘されている。
それはイエス・キリスト、その人である。
描写の細やかさがモデルの存在を示唆している。

イエスが登場する小説と、人間の理想像が登場する小説。
一方は神を語り、もう一方は理想社会の実現を語る。
信仰と理性、不安と焦り、夢と希望の19世紀末に実った大きな果実。
互いの存在理由は明確である。

それが名作の理由である。













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