契約の龍(28)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/20 18:08:26
クリスを休ませることができる場所を探して、あたりを見回す。確か、ソファがあったはずだが…
「アレク。どうかしたかね?」
「クリスの具合が悪いようです。どこか、横にできるところと…保温できる、毛布か何か」
「それは、いかんな」
「確か、この部屋のどこかにソファがあったと記憶しているんですが…」
学長の掌の上に、ぼんやりとした明りが点る。ふわりと拡散して、部屋中を仄かに照らす。
「…あっちだな」
部屋の一隅にティーテーブルとカウチがあるのが見える。
「一人で大丈夫かね?」
うなずいて返し、クリスに歩けるかどうか問いかけるが、返事がない。意識があるかどうかも判らない状態だ。あわてて抱き上げ、カウチにそっと横たえる。
呼吸する様子を窺うと、ごく浅い。手を取って脈を見ようとするが、よく分からない。首筋に手をあてて、ようやく脈を確かめられる。
効果のほどはわからないが、手を取って「力」を注ぎ込んでみる。
…砂地に水をまくような手応えだ。
「…これを」
後ろから毛布が手渡される。
「しっかりくるんで。部屋を用意してもらいましたから、そちらへ移動します」
指示されるままにくるんだクリスを抱えて案内された部屋へ入る。
そこにはすでに何人かの使用人が控えていて、てきぱきとクリスの介護に当たる。
保温のためか、こちらとの間に、衝立が立てられる。
「…はい」
湯気の立つカップが手渡される。口許に近づけると、何種類かの香草の匂いに交じって、かすかにアルコールのにおいがする。カップを持ってきた相手の方に目をやると…ジリアン大公だ。彼女も同じようなカップを持っている。…そういえば、さっき毛布を手渡してくれたのも彼女かもしれない。
「…ありがとうございます」
「座ったらどう?今にも倒れそうな顔色よ」
そう言われて初めて、椅子が用意されているのに気付く。
「ああいう状況に遭遇したのは、初めて?」
「…あ、いえ……あんなに間近なのは初めてですが」
そういえば、実習系の授業では、ああやって倒れる生徒が、毎年、何人かは居ると…
「…教師にはなれそうもないな」
「あら、あなた、教職希望なの?もったいない」
もったいない、って。何が?
「いえ…特に教職を希望、というのではありませんが…」
顔を上げると、作業の様子を見守る学長の様子が目に入る。
「あんな風に落ち着いて対処するのは難しいんだなって実感して」
「そりゃ、誰だって自分の家族だの恋人だのが突然倒れたら、冷静じゃいられないわよ」
家族だの恋人だのって…クリスはどちらにも当てはまりませんが。
それに…よく倒れる家族なら、既に一人いるんですが。
「それに、「慣れ」っていうのも重要だわね」
「慣れ、ですか?」
確かに、セシリアが倒れたり熱出したりするのは、しょっちゅうだから、慣れてしまっているのは否めない。だが、心配なのは変わりがない……はずだ、と、思う。
だが……
両親が亡くなった後、初めてセシリアが熱を出したとき、こんなに心配しただろうか……覚えていない。
「……一つ聞いてもよろしい?あなた、あの子のことをどうお思い?」
どう思うか、って……
「…………得難い、宝玉のような方、だと思います」
「手に入れたい、とお思いにはならない?」
質問は一つではなかったのだろうか?こういう手合いは、自分の望む答えを訊くまで、決して引き下がらないんだろう。
「私の手に収まるような方ではなさそうですが」
「そうかしら?わたくしの見たところ、かなり脈がありそうでしたけど」
脈がありそうって………それで、どうしろと?
黙ってカップに口をつける。まだ中身は熱いが、返答を返さない理由には、なる。
「権力に対して、妙な欲を持たないのは、結構なことだと思うわよ、わたくしは。でも、あなたがそうだからといって、すべての人があの子を放っておいてくれるとは思えないわ。それに、父親の名前がなくても……あの子のあの姿だけでも、手に入れたいと思う人はきっとこの先現れると思うの」
もうすでに現れていますが。
自力で撃退したようですが。……事後処理はともかく。
読み応えありますね☆