「契約の龍」(8)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/09 20:24:13
寮生に貸与される個室は、複雑に絡み合った、幾重もの結界で守られている。だが、魔法の力によらない破壊には、普通の「頑丈につくられた建物」と同じ程度の耐性しか持たない。
そのすきを衝かれたような事故が、六年前起こった。
深夜、火事が発生したのだ。
火元はだれも使っていない寮生用の個室とみられ、死傷者も多数出た。
当時は「建物が破壊されると結界が解除される」という条件が付いていなかったせいで、転移魔法が使えない者が逃げられなかったせいだ、とされている。
だが、転移魔法が使えるのに犠牲になった者も少なくない。当時寮の舎監に就いていて、救助活動にあたっていた俺の両親もそうだし、「運悪く」火元の隣の部屋で寝ていたクレメンス大公もそのひとりだ。
ただ、クレメンス大公には、龍が憑いているので、命を奪うほどの火傷は負わなかった。にもかかわらず、大公は意識を回復せず、現在に至るまで昏睡が続いている。
当初大公を狙った暗殺未遂事件ではないか?という推測も流れたが、彼が死ななかった、という一点を以て「事故」ということに落ち着いた。火に耐性のある龍の憑いている人間を焼き殺そうという者はいないからだ。
常識のある者ならば、だが。
なにはともあれ、そういった事情のない下々の学生にとって、この学内で唯一といっていいほど気を抜くことができる場所が、寮の個室である。何しろ、「他者の領域を侵害しない」「共有の、及び公共の領域に影響を及ぼさない」という二点を守りさえすれば、卒業までの間、完全に自立運用が認められているのだから。もちろん、卒業時には原状に回復しての返却が条件だが。
食堂から延々とついてくる「あの美少女は誰だ」攻撃を躱して自室にたどり着いた頃には、すっかり疲れ切っていた。精神的に。
最初のうちは律儀に、「学長から面倒をみるように頼まれた新入生だ」と答えていたのだが、それで満足しない連中が次々質問を繰り出してくるので、答えるのが面倒になったのだ。
ベッドに倒れ込んで、明日からのことを思いやると、頭が痛くなってきた。比喩的に。
横になっているうちに、少しうとうとしてしまったらしい。気が付いたら、消灯の時刻になっていた。片づけなくてはならない課題が出ていたのを思い出したが、必要な文献がある図書館は、むろん寮とは別の建物にある。朝になってからにするしかない。
改めて寝なおす前に、いつもの習慣でセシリアの様子を探ってみた。
セシリアのそばに、小さいが力ある存在が寄り添っているのが感じられる。
だが……これは……
衰弱している?
(私が不甲斐ないせいで、ゲオルギアの龍に力を摂られちゃったんだ)
…この気配は…クリス?