印象深い「夏休みの宿題」についてだと?
- カテゴリ:勉強
- 2011/08/20 21:57:41
小学校低学年の頃、自由工作の安易なものに「水族館」ってのがあった。
お中元の『カルピス』の箱なんかを利用して、画用紙に描いて切り抜いた魚をぶらさげ、
ワカメなんかも配して、箱の表面に青いセロファンを貼り付けて完成。
それを立たせて飾るわけだが、厚紙なんかで工夫して倒れないようにするわけだ。
この、立たせる支えをだな、うちの父親が「ちょっと貸せ」と言って、
その辺の空き箱をちょいちょいとかっさばいて作ったのが、子供心に驚愕だった。
単純な構造なのに、少しの工夫でしっかり役割を果たす構造だったのよ。
ちゃんと折りたためて、運搬にも便利w
今、再現してみろと言われても、たぶん無理。あたしにはそんなセンスはない。
うちの父親の物づくりのセンスに、職人技ってこういうことを言うんだと思った小学2年生の夏。
まあ、父親は実際に職人だったわけだがw
だから、父親ってのは何でも作れると思ってた。
ところが、世間ではそうでもないと気付いたのは、だいぶ経ってからだったなー。
父親に教えられて、私のほうがそこそこ出来ると気付いた結婚後orz
本日のファッション;
あおみどろの繁殖するお堀
うちも父の方が器用だったな~。
棚とか作ってくれたし。
……ただ、あの頃、我が家は社宅だったはず。大丈夫だったのか、とーちゃん?ww
電気関係はおとーと。
幼少の頃からゴミ置き場から壊れた電化製品(ラジオとかテレビとか)拾ってきては
分解組み立てをやっていた。
ゴミ置き場のようだった弟の部屋の押し入れを容認していた母は偉かった。
その甲斐あって、弟は今、自分でパソコン関係の会社を経営してる。
私ゃ不器用だったから、そっち方面は全然ダメだけど、
旦那は私に輪をかけて不器用だから――
まっ、故障品が放置されてても、しゃぁねぇわなぁwww
母の方が父より器用だった。
ヒューズの交換や、テーブルタップの修理程度までなら母がやってたな。
しかし、私は父親に似て不器用なんだw
その技術方面でチャレンジされていた家庭環境のおかげで、
電化製品の配線やら簡単な修理を何も見ないでやった今の家族が神に見えただ。
それにつられて自分でもPC自作する日がくるとは思ってもみなかった。
今年の夏、せっせと古いPCのハラワタいじってたら、
母が「こんな光景を見る日が来るとは全然想像すらしてなかった」と(笑)
環境って大きいな。
職人気質でうるさいけど、なんか誇らしかったよねw
うちの父も職人だったし^^