「契約の龍」(3)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/07 15:08:49
学長の言葉で、矛先が逸れる。
「私は「姫」なんかではない。名簿にもちゃんと記されているだろうが。クリスティーナ・アウレリスと。断じてゲオルギア家の者ではない」
その偉そうな口調で「姫」じゃないって言い張るのは、無理があるんじゃないかと思うが。第一、
「その「金瞳」が、王家に連なる者であることを示しているじゃありませんか?」
寛げた襟元から、金色に光る、「証」の一部が見え隠れしている。それを指摘すると、
「覗き込むんじゃないっ!」
慌てて襟元を掻き合わせる。別に覗いたわけじゃないんだけどな。
「…大体、これを何とかしたくて、ここに入ったんだからな、私は」
一年ほど前、彼女の母親が死んだのとほぼ同時期に、その「証」は表れたのだという。通常、幻獣憑きの証は、その幻獣との契約を交わしたときに表れる、もしくは生まれつき備わっているものなので、クリスの場合、その母親が「証」が表れるのを妨げていたのだろう、というのが、この部屋の主の見立てだ。
「なんとかする、って?」
「消す、とか、見えなくする、とか、誰かに押し付けるとか。去年の夏は、襟の詰まった服しか着られなくて、暑苦しくて仕方なかったぞ」
………そんな理由で「証」をどうこうしたがる者がいるとは。そもそも、「証」を隠そうとする者もあまりいない。
「それならば、見えにくい位置に移動すればいいでしょう。契約の龍に命じるなり、お願いするなりして」
「…できないんだ。この「証」につながる龍の存在を、どこにも感じられない」
契約の幻獣の存在を感じ取れない?「証」があるのに?
「それもあって、ここで一から学ばせることになったってわけだ。納得したかね?アレク」
「王宮の連中にはなんとかできなかったのか?同じような「証」の持ち主である陛下、とか」
同じ幻獣を共有するのならば、その幻獣を通じて、相手の状態を知ることができる、というようなことがあるらしい。
現在、「証」の持ち主は、クリスを除いて四人。国王陛下、王弟殿下のクレメンス大公、先の王弟殿下であるハース大公、先王陛下の従妹のジリアン女大公。そのうち、陛下とクレメンス大公は王宮に常駐している。
「うーん…それはどうだろうね。彼は、あまり優秀な生徒とはいえなかったからねえ。むしろ、弟のレイ君の方が有望だったような気がするけど」
「……レイ君?」
誰のことだ?
「フィンレイ・クレメンス・ゲオルギア。クレメンス大公のことだよ。彼は七年前に十五カ月ほどここにいたことがある」
ああ、王族は「幻獣憑き」だから、いったんはここに入るわけだ。
「ちなみに、陛下も二十二年前から五年間、在籍している。ソフィア君がここにいたのが……ちょうど二十年前からの三年間、か」
「ソフィア君?」
「私の母のことだ。昔話は措いといて、これは何とかできないのか?実習では着替えることもあると聞いたが…」
確かに、案内したところの中には更衣室があった。その時、顔をしかめたような気がしたが…あれは、気のせいじゃなかったのか。
「これをほかの者に見られるのは、まずいんですね?……ゲオルギアを名乗っていないから?」
「それもあるが……できれば、私の存在自体を、ほかの生徒たちから隠したいくらいだ。うるさくって仕方がない。できるか?」
すがりつくような目で、こちらを見上げる。寄ってくる有象無象を、片っ端から撃退した者の言葉とも思えないが。
「目くらましの魔法は、誰かから教わりませんでしたか?」
「寮に落ち着いてすぐ、知ってる限りのを、片っ端から試した。だが、思ったような効果は出なかった。だいたいここは、いろんな力が干渉し合ってて、集中できない」
「…効果が出ない?」
そう言うと、学長が室内を外部の干渉から遮断した。
「これならどうかな?やってごらん」
そう促されたクリスが、胸元に手を当て、集中する。唇を開いて、呪文を詠唱しようとし、ふと顔をあげる。
「…ところで、ちゃんと見えなくなっているかどうか、誰が確認するんだ?」
確かに。いくら発達途上で起伏が少なくても、未婚女性の胸をまじまじと見つめるのは、まずい。ましてや、本人は否定しているが、彼女は王族だ。
「…後ろを向いていますから、確認は学長にお任せします」
そう宣言して、彼女に背を向ける。
程無くして、魔法の発動を感じたが、奇妙に歪められたような感じがした。
「残念ですが、更衣の際は、薄手の肌着を着用なさいますよう、お勧めします」
全然残念ではなさそうな声で学長がそう言うのが聞こえた。
20年前だったか、ボルテェスの『幻獣事典』を買って読みました。
お気に入りで1年いた上海にもっていきました。
帰国してから、いくつか小説講座を受講して
竜と魔法を登場させたら、
「基本練習として純文と推理をやりなさい」
と何度も注意されたものです。(むかっ!)
講師の助言は無視して練習作に「幻獣」を出し続けましたけれど。
まぷこさんの文才には 惚れ惚れしてしまいます
続きも お時間があるときに 是非☆
1から読みました!魔法とか幻獣とか素敵ですね☆