1杯の珈琲が・・・・
- カテゴリ:日記
- 2011/08/10 00:38:36
1杯の珈琲 「元気が出るぞ」
第二次世界大戦中、千葉県で撃墜され、
捕虜となった米国人飛行士に日本の憲兵
が1杯の珈琲を振る舞ったそうです。
戦後66年 2人は一度も交わることな
く90歳 を迎えたが、コーヒーがつない
だ友情は
ずっと心に刻まれていた。 それを書い
た戦争体験記が縁で、互いの近況を知っ
た二人元捕虜は「日本人憲兵の心遣いに
生き残ろうという意思が芽生えた 」と
また元憲兵は「敵味方でなく、同じ人間
として通じ合えて 嬉しかった」と語って
おられたそうです。二人はロバート・ゴ
ールズワージーさん(93)ワシントン
州 と関西学院大学名誉教授
中村巳喜人さん(94)1944年12
月B29爆撃機で出撃したゴールドワー
ジーさんは、千葉県で撃墜されて、捕虜
となり、尋問の為東京の赤坂憲兵隊の独
房に入れられた。
あんまり痩せ衰えていたことから見かね
た憲兵の中村さんが声をかけたそうで
す。ともにキリスト教徒の二人は世界情
勢を語り合い、、「互いに平和のために
祈ろう」と
握手を交わした。中村さんが「砂糖はな
いが、コーヒーをあげようと、部屋に戻
り捕虜の身柄を引き取るトラックを引き
留めて、目隠しをされたゴールドワージ
ーさんに 珈琲を飲ませた。 先に体験記
を著したのは中村さん。 2003年仲
間と戦時中の出来事をまとめ、その中
で、米国人捕虜の為に珈琲を入れた話を
書いた。 これを読んだ
教え子の新宮さん(76)が捕虜の消息
を調査 新聞に載った同姓の米国人来日
記事を頼りに、戦争捕虜の実態を調べて
いる市民団体に連絡をとった。 ゴール
ドワージーさんも昨年9月米国で体験記
を出版 その中で、「あまりいいコーヒ
ーではないが、元気が出るぞ」と珈琲を
もらった喜びを書いた。 一方中村さん
の消息を知ったゴールドワージーさんは
「空腹と寒さで弱っていたところを竹刀
で殴られ立ち上がれないほど、衰弱して
いた。
あの濃く温かいコーヒーで力がみなぎっ
た」と当時を振り返り、「一杯のコーヒ
ーにどれだけ、勇気づけられたことか」
と感謝の気持ちを述べた。 なんか父や
祖父から「泣く子も黙る憲兵」って言葉
を聞いていたので、このエピソードには
深い感銘を受けました。
奇しくもこれを知ったもう昨日になりま
すが、9日火曜日は長崎の66回目の原
爆忌でした。国と国はいがみ合い、愚か
な戦争を始めてしまいましたが、一人一
人の人間個人は優しい人ばかりなのです
ね 本日1042文字でした。
"φ(・ェ・o)~メモメモ 「一杯のコーヒーから」ですね^^
>>ろむたま 多分ろむたまならこの先生みたいな相手に思いやりを持った対応を
また形は違うかもしれませんが、きっとなさると、そう思えます。 日頃の
お話しぶりからも、かんじられます^^
>>ヒロたん なんかね~><もしもし自分が竹刀で殴られたら1発でダメったおもいますが、
狂気の時代だったんでしょうね 戦時中エラそうにしてたひとも、戦後はなりを潜めて
いたそうです>< 多分 お二人とも英語じゃないかとおもうのですが、あくまでも
私の推測の範疇ですがね><??? 間違ってるのかもしれませんが・・・・
きっとね同じキリスト教徒同士だったから、世界が平和になってほしいと
そうおもわれたのではないでしょうか?? なんかそんな感じがしませんか??
竹刀で殴ったのも日本人だったんですよね?戦争していたから敵だから殴られたんですね(´;ω;`)
おふたりは英語で会話されたのでしょうか?
ふたりとも、はやく戦争が終わって平和になってほしいという同じ気持ちだったのでしょうか
尋問して殴った人も、どんな気持ちで戦争していたのかな? 皆つらかったのかな(´;ω;`)
「一杯のコーヒーから」という歌を,思い出しました。♪
いつもありまとう m(_ _)m
やっぱり気持ち伝わるんだよね^^
たえずもっていたいですね
>>レイナ6sたま あと数日終戦記念日まで戦争での色々な悲惨さが取りざたされた番組
続くとおもいますが、こんな聞く人が少しほっこり出来るようなエピソードを
紹介してほしいですね ただ、繰り返さないという反省の気持ちを
思わせるには如何に悲惨で、残酷で、むごいかをわからせる方が早いのかも
しれませんね こんな心温まるメッセージとかすると勘違いしてかっこいい
ものだとかんちがいする若い人とかがでてくるからかもしれませんね^^
>>ルナたんへ 確かにこんな小さな世界でもいざこざがおこるから、肌の色、言語の違う人
いまでも肌の色が白い人が、白人至上主義とかも聞きますし、残念ですね
一個の人間として、その存在をプライドを持って生きて行くってそうありたいですね
誰を前にしてもそんな姿勢で生きていたいですね^^
>>あもんたんへ 人は団体になると狂気を著すし、ナチスもそうでしたね
もちろんドイツと同盟を結んでいた日本だって、軍部が台頭を利かし、
軍力至上主義、日本国民は天皇陛下の民って、そんな統制力のもと
国民に耐えがたきをたえさせ、忍びがたきを忍ばせ、これ以上の犠牲を
まだ国民にさせるのですから、国民も狂気と化すでしょう・・・・
だから戦争はいけないのですね><
そうなんですよね・・・・
どこの国もそうなんでしょうけど
1人1人はとても優しい人なんですよね
戦争を始めるのはいつもお偉方
その人たちは戦地に行くことも無く
優しい人々が血で血を洗う抗争に・・・・
殺さなければ殺される
殺されるのが嫌だから殺すしか無い
戦争って悲しいものですね
そんな中 そういったエピソードは
大変心が温まりますね。
ちっちゃな ここでさえ 起きうる こと? ( ̄  ̄;) うーん
もっと 人に やさしくできたならって いつも 思います。。
できることなのに。。。
何だかほっとしますね(*^^*)
いがみ合ったのは、実際の戦闘へ行かなかった上層部達で
sakinoさんのおっしゃられる通り、銃を持って戦いあった人達は
本当はこういう方達が多かったのではないでしょうか。
悲惨さを訴える記事や番組も必要だと思いますが
そればかりでなく、こういういいお話も、もっと取り上げて欲しいですね^^
大事ですね。
あっても、力のある人が自分の主張するところをみんなに分け与えるのかな??
そんなこと心配しなくても適当にみんなで分け合えばいいのにね^^
きっとアメリカ人捕虜の人のこころに沁みるどころか刻み込まれたのではないでしょうか??
日本人として少し誇らしい気持ちです^^ こんな人にこそノーベル平和賞なのですがね
武器輸出問題で叩かれてるアメリカ大統領よりも・・・・
コーヒーのカフェインだけではない、ビタミン愛ならぬ、ホット・ビタミン愛の効果かと・・^^
疲れた時の暖かい1杯の暖かいコーヒー・・・心に沁みてきます(tt)
同志っていうかなんかそんな連帯感がキリスト教徒同士だったから生まれたような気がします。
ご丁寧にお返事ありがとうございました。 だけど久し振りに思い出しました。 「敵に塩を送る」って
日本人の潔さなのでしょうが、なかなかそんな心持で人に接してみたいですね^^
確かに、その通りですね。にじの読解力不足でした。
とても、納得ですw。
いいな~~ そそ食べたいものはちゃんと制覇してきてね^^ キングサーモンのバターソテー
(/▽\*)あん♡いい感じ~ ヨダレガ・・・・・・ クマなんて連れて帰ってきたら空港で大騒ぎ
なんで、気を付けるようにね✿(。◕‿-。).:*:☆
コーヒーって、前にSakinoちゃんが教えてくれた「シミ防止」といい、この話といい、なかなかいい役割果たしてるよね!
そもそも男性は女性よりも比較的短命だから、奇跡的なめぐり会いなんでしょうね^^
これを知ってなんかホッとするよね^^
逆に日本人の捕虜だったら鬼畜米英の入れたコーヒーは断じて口にはしなかったのかな?
この先生とアメリカ人捕虜の人に限っては違うようにおもえますがね^^
大切につかわせてもらうね^^ ホントアリガトウネ~~超ルンルン
私はね逆で子供のころからミルクが飲めないからチョコレートも珈琲もビターや、ブラックでしか
飲めなかったのす。変な子供でしょ??哺乳瓶も咥えられなくて、今に至ります。
>>いしころんたん 私もちょっと感激しました まさかそれもご自分の生徒さんが
その仲立ちをしてくれるなんて先生としては感無量だったと思いますよ^^
私は逆にミルクが赤ちゃんの頃から飲めなくて苦労しました。
だけど、人生の半分損してる気がして><
>> にじたま あのね 私が思いますのに、この憲兵の先生とアメリカ人捕虜は
敵と味方ではなくて、同じキリスト教徒だということで、逆に仲間意識があったんでは??
だから違うんじゃないかとおもっただけです。 結果は敵に塩を送ることになったとは
思いますが、 ともにキリスト教徒だったから同じ立場の人間だと理解されて
たように思いますが如何でしょうか??
1杯のコーヒーが 人と人を繋いだ あったかいお話❤
お二人とも長生きされててよかったです❤
「敵に塩を送る」とは、窮地に立つ敵をも思いやる姿勢を示す言葉と理解していましたが、先生のやさしさとは、また別物ということでしょうか?
ステキなお話です^^
コーヒーは私は ちょっと苦手で、喫茶店でコーヒーを頼む人がちょっとうらやましいですw
私はいつもコーヒーか紅茶か?といわれたら 紅茶を頼んでしまうもので・・
でもミルクたっぷりのコーヒー牛乳は大好きです -w-
牧場とかで売ってる瓶のコーヒー牛乳にはもうメロメロですww
コーヒーちょうど飲んでましたb ブラックは無理なんですけど><
昨日もニュースでイロイロ言っていましたが、やっぱり平和を大切にしなきゃなと思いました。
sakinoさん!!
今年2011年にちなんで2011人目の訪問者sakinoさんに感謝のプレをします。((かぶったらスミマセン;;
いいものじゃないですが。。。
訪問してくださってありがとうございました。 これからもよろしくお願いします♪
学生時代夏休みはそんな平和教育ありませんでした。 だけどこんな学生や、子供に
平和教育することが 草の根運動じゃありませんが、 大切なのでしょうね
暑いなか学校まで大変だったでしょうが、きっと長崎、広島の方は他の他府県の人たちより
平和への憧れ、意識が強いでしょうから、とても大切なことを得られたと思いますよ
そんな平和を愛する心を持ち続けて下さいね^^
しばらく留守してました・・・
すいませんㆀ
9日は登校日でした・
なぜなら「長崎県」だからです・
小学1年生~今まで・・・
毎年、毎年、8月9日は被爆者のみなさんに黙祷を捧げる
『登校日』です。
その日だけじゃなくて、
それまでの間に
平和学習たくさんたくさんしてて
どれだけ辛いことなのかしつこいほど知ってるし、
日本国民みんな知ってると
思ってたのに・・・
広島と長崎以外原爆が落とされた日に登校日じゃないなんて・・・・・
ほんとにビックリしました。
そしてショックです。
何でなんでしょうか・・・?
日本国民を一億総特攻化させたり、狂気にさせるみたいですね それだけ
緊迫した雰囲気なのでしょうが、なんかね日本人は特に神の国って、自分たちは特別って
意識が強いみたいで、だけどこんな狂気の中人間として毅然と相手の人間性を尊重し
愛情を持って接することができるひとが居られたことに救いを感じます。
ラジオよっぽど怖いお話だったんでしょうね~15日までこんなお話続きますよね><
当事者の方が高齢で存命でいらしたことに何故かホッとさせられました(*^-^)
一人の人間としての矜持と暖かな人柄までは戦争は奪えない!
夕べ寝苦しくてラジオを付けたら
元日本兵の中国大陸での人間とは思えない狂気の行動について語っているのを聴き
思わず恐ろしくてスイッチを切りました><
とても許されない行為の数々を淡々と語るその方は
戦時下での特殊な雰囲気と言っておられましたが・・・
戦争は恐ろしいものだと思いました。。。
如何に悲しい日だったかをつくづく思わされます。
>>さっちゃん へ~~~ だけど人体実験なんて把握されてたんですね@@ 日本の上層部
そそ天皇陛下の存在を存続させるために相当の金銀財宝をアメリカに渡した
らしいですよ@@
>>にじたま 勿論敵に塩を送るですが、それよりも先生の人間的優しさを非常に感じませんか??
やはり相手には思いやりを持って接していたいですよね
>>妄想少女[>もぇたんへ まさか戦後66年経ってこんなことがわかるなんて、
お二人ともどんなに嬉しかったでしょうね^^ お二人とも90越えておられますし@@
人間として優しくいたいですよね^^
こんなに経って今はじめてじろーずってわかりました。 だけど、私ももちろん戦争って
しりませんが、戦争そのものを知らないでいたかったです。
>>乱破たんへ ともにキリスト教徒だったみたいですよ^^ だけど、日本人の先生
この時代にご立派ですよね@@
自分だったら、そんなんやる勇気ないかも(^^;
珈琲で結ばれた友情…
なんかいいですね~
ささいなことでもスゴイんですね^^
上杉謙信から、始まった言葉のようですが、古からの日本人の心意気ですねw。
なんだか、うれしくなるエピソードですw。
この8月は広島・長崎の原爆の日 それと敗戦の日が有ったりで、日本にとっては重苦しい月ですね^^;
人として、ってことですよね^^
http://www.youtube.com/watch?v=aB2Dej4PEuE&feature=related
当時聞くところによると捕虜は人間扱いしてもらえなかったって聞いたことあるから
こんな人とお話してみたいね^^
憲兵さんってとても怖い人ってイメージがあるけど、
コーヒーをあげるような心優しい人も居るんですね。
アメリカはアメリカでイエロージャップなんて言っててね) なんかこの先生本当の人間の品格
感じませんか?? あの時代にそんな捕虜に人間として接してあげて素晴らしいですよね
日本は牛蒡を食べるでしょ?? なんかね 戦後か戦時中だったか牛蒡を食事にしたら、
日本人は木の根っこを食べさせたとかで、大問題になったそうです 文化の違いでしょうがね><
だけど今も品格のある人間なんて数少ないかもしれません 私も・・・・この先生のように
人間として正しくありたいです。 コメントありがとうございました。
ヘタしたら非国民とか反逆者扱いされてもおかしくなかったと思います。
今の世の中この方のような人格、品格を兼ね備えた方がどれほどいるのでしょう。
政局の醜い争いを見ていると考えてしまいます。
の時代のことだからなんか多くの人がおかしくなってるのかもしれませんね
だけど無条件降伏に沢山の機密を引き換えってなんなのかな??
そそ従軍慰安婦の問題もなんか韓国政府には戦後すぐに多額の賠償金を支払ったとか
きいたことがあります。
>>たむたむたんへ こんな悲しい戦争の中にも光ってあるんですね^^
こんなに世界が暗黒の時代だったのにね
>>*+あひる*+たんへ ステプありがとね^^ またお礼にうかがいますね^^
なんだか胸がじ~んと篤くなりました。
戦後の裁判で絞首刑にされた軍人がたが沢山いらっしゃいますが、
実は捕虜に優しく接した方がたも多く、
本当に罰せられるべき上層部は、沢山の機密と引きかえに絞首刑を免れていて・・・
という話を随分聞いています。
戦争という極限状態でも、人を思いやる気持ちを忘れずにいらした方は本当に尊いですね。