デジタルかアナログか
- カテゴリ:日記
- 2011/03/11 07:04:10
ぼくはデジタルな仕事をやっているアナログな人である。
ただ、この「デジタルな」と「アナログな」の使い方がよくわかっていない。
一般にはどうだろう、「デジタルな」は「白黒はっきりした」、「アナログな」は「あいまいさを残した」といったところか。
広い意味でいうと、ぼくの仕事はデジタル業界に属する。
が、ぼくが「デジタルな仕事」と表現しているのは「数字に追われている仕事」のことである。
ぼくらの業界で「デジタルな」とは「数値で表される」とか「明確な」と使われることが多いように思う。
決して「ビットが立っている」と専門的な使い方をすることはない。
だいたい、そんな言い回しをする場面が思い浮かばない。
いっぽう、「アナログな」は「デジタルでない」を意味するのであって、そのものに意味を求めてはいけないように思えてくる。
さらにいうなれば、「デジタル機器を扱うのが苦手だ」を表現しているように思う。
つまり、「デジタルな」は「デジタル機器を扱うのが得意だ」を内包することになる。
だからといって、「デジタルな」モノ、もしくは人がエライとは、ぼくは決して思わない。
あえていうなら、キライだ。
人の世界をデジタルで表現できるのは、ほんの一部分でしかないからだ。
例えば、今は「朝」である。
この、「朝」を何時から何時まで、とデジタル化することはできない、ということだ。
その人の生活習慣によるし、季節によってもその感覚は違う。
その感覚論が、かつて日本人の間ではあるていど統一されていたのに、この数年で急速に崩れてきたように思う。
そして「デジタルな」人にかぎって「アナログな」話が通じなくなってきた。
ぼくも理屈っぽいほうだと自分で思うけど、緑とビリジアンの違いは説明できないよ。
わかる?ぼくの言いたいこと。






























結構難しい事が書いてあったww
「デジタル」ってきっちりと、曖昧さのないものって感じだけど、
本当はこっちの方が幻なんじゃないかな・・と思うの。
数字の1から2の間にもたくさんの数値があるし、
1秒の中にだって、無限に数があるわけで・・。
無限を数で表すのは無理のような気がする。
結局は単なる決まりごとに過ぎなくて、
本物は個(個人)のなかにある・・というか。。。
なんだかややこしくなってきましたね^^;
己の感覚こそが正しいと私は思うようにしています。
でも傲慢にはならないよう気をつけます。