無題とさせていただきます
- カテゴリ:30代以上
- 2011/03/02 15:43:50
叔父が亡くなった。
親父の妹のダンナである。
昨日が通夜で今日は告別式であった。
芸術家(彫刻家)であった叔父であるが、僕からしたらニコヤカな普通の叔父であった。
喪主である叔母が最後の挨拶をした時は流石に涙があふれてきた。
しかし、未だに実感がわかない。
悲しいのか寂しいのかわからない。
不思議な感覚である。
これからじわじわと『実感する』ことになるのだろう。
そんなわけで、ただいま東京INなのです。
今日の夜はまた大阪に戻ります。
というか
なんだ?この日記。
オチもなんも無いじゃん。
内容が内容なので、コメントは無理にはしないでよござんすよ~。
私も3年くらい前に立て続けに、3人のおじとおばを見送りました。
年に数回、会うか会わないかという関係だったので、亡くなっても実感があまりなかったですね
いないんだなぁと、ふち淋しさを覚えたりという感じです。
無理に実感しなくてもいいのかなと思います。
俺も身近な人亡くして、仏壇あるけどさあ
一年たっても実感わかないよ^^;
いまだに、ひょっこり現れそうな気がするんだよねえ。
一生こんなもんなのかも・・・。
ご冥福をお祈り致します。
亡くなったって実感がわきませんでしたよ!!
棺桶を覗くと、今でも起きて来そうだって思いましたからねぇ~
叔父さんのお冥福をお祈り致します。
別れって、突然やってくるもので、
亡くなった、という事実だけで、
なかなか、実感に至らないんですよねぇ。
私は2年前に、じーさま、ばーさまを立て続けに亡くしたのですが、
未だに、父の実家に行けば会えるような気さえしています。
すずはお仕事柄、たくさんの人の死に携わりました。。
いつも思うことは、残された家族が、いいお別れができるようにすること。。
ご遺体をきれいに整えさせてもらい、お迎えのお手伝いをして、地下からお見送りしました。。
最後の瞬間を共有させてもらったこと、ありがたく思います。。
こんなに素敵なお手伝い、、人間として成長させてもらった気がします。。
にいさまの明るい性格は、生前、故人を和ませたことでしょう。。
その思い出を大切になさってください。。
それが故人にとって、最大の敬意になると信じて。。
結婚してから、ずいぶん会ってなくて、
子供の頃からずいぶんかわいがってもらったおじさんだったけど、
自分の記憶のなかのおじさんより、ちょっと細面になって、しずかに眠っておられました。
お通夜のとき、いとこの読んでくれた手紙で、涙がじんわり、にじみました。
このたびはご愁傷様でした。おじ様のご冥福をお祈りいたします。
いてしまったような・・・・いろいろな思い出の品を見るとあ~本当にいないんだなあ
って思っちゃいます。もう会えない話せないと思うとかなしいけど、どこかでみてくれて
いると存在を感じ思うと勇気がでます。みていてください。しっかりわたしは生きていますよって・・・
わたしのようなものがコメントするのは気が引けたのですが、先日私も祖父をなくしたもので・・・
ご冥福を心からお祈りいたします。お疲れがでませんように。
例えば、今までなら、叔父様が座っていただろう席が空いているのを見たとき・・
家族と思い出話をしていて、ふと叔父様のことが話題になったとき・・・
そんな時になってようやく、寂しさを実感するのではないかなぁと思う。
今はまだ実感がわかない、というのは正直な感想だと思うな。
もう会えない、もう話せない…というのは、とても悲しいし寂しいけれど
でも、そのうちに胸を痛めることなく思いだせる日が来るから、
そうしたら、叔父様の思い出話をたくさんすればいい。
そんな風に思うな。
叔父様のご冥福を心からお祈りします。
そして、残されたご家族のお心が癒されますようにとお祈りしています。
コメ返し、不要だからね~^^
親戚や家族が 集まったとき 叔父さんの話になったとき
思い出話を したとき・・
心のどこかには もういない・・ということはわかってはいるのだけれどね。。
涙が 溢れてしまうのは やっぱり 寂しい、悲しいということだろうね
でも 涙は 今日だけね
不思議な感覚・・うん・・そうだよね
お悔やみ申し上げます。