去年の大晦日、熱を出して倒れる直前に、私は銭湯に行った。
そこまでは、結構、元気だったのだ。
お湯につかり、身体を洗って、また、お湯に入り、
だんだん具合が芳しくなくなったので、そこそこで切り上げ、
脱衣所で、服を着て帰り仕度をしていた。
そこに、突然、見たこともないハゲたおじさんに、私は、中学のあだ名で呼ばれた。
その人の顔を見て、しばらく考えたが、思い出すのに時間はかからなかった。
中学のときの同級生、Ｏ君だった。
（まー酷い頭になっていること、、、）
私は、「Ｏ君？」と、言葉にした。
彼は、笑顔で、「わかった？」と、ハゲた頭を手でなでた。
私は、中学の友人たちとは、卒業して以来、一人も会ったことがなかった。
Ｏ君は、２０年ぶりの再会、第一号なのである。
彼は、話を続ける。
「最初な、そうちゃうかな？と、思たんやけど、
機嫌悪そうな顔してたし、ちごうてたらどうしようと思て、声かけられへんかった。」
機嫌悪そうに見えたのは、風邪のせいなンだけど、、、と、思い
話そうとしたが、彼は続ける。
「でもな顔、似てるし、たぶんそうやろうと思て見てたら、風呂の中で歩いてたやろ。
（そりゃ、歩くさ！）その歩き方で、間違いないと思たんよ。」
歩き方？え！？オレ、そんな特徴的な歩き方なの？
その歩き方が、２０年も変わらず継続してるの？
なんで、確信する部分が歩き方なん？
オレもしかして、普通の歩き方がスキップしてるとか？
それも、フルチ○で、歩いてても、それは、いっしょなん？
聞きたいことが、頭を駆け巡ったが、たてつづきにしゃべる彼の話のテンポと
具合の悪さで、私の質問を、投げかける余地はなかった。恐るべし現役関西弁！
「結婚はしてるん？」
「いや、まだ、、、」と、短く答える。
「え、なんでまだなん？昔から、かっこええのに！」
（そんな余計なおべんちゃらはいらない。）
「Ｏ君は？」私は、短い質問をするので、いっぱい、いっぱいだった。
「俺な、同級生と結婚してん！たぶん、知ってると思うわ。今日もいっしょに来てんねん。」
不意をつかれ、私は驚いた。「え、誰なん？」
「見たらすぐわかるって。」
いや、ごめん。たぶん、わからんって。
なにせ俺、中学を振り返るとクラスで、好きだった女の子と
かわいい女の子くらいしか覚えてないから、
１００人もいる女の子の中で、せいぜい１０人も覚えてるのが関の山。
まして、２０年たって当てられるはずがない。
これは絶対おしえてもらわねば大変なことになる。
「えっ！誰なん？おしえて、誰なん？」なんとか食い下がる。
「絶対わかるって、もう出てると思うから行こ。会わせたるわ。」と、彼は、立ち上る。
Ｏ君、待って、絶対わからんって、なんでそんなデンジャラスなことするの？！
私の心の叫びをよそに、彼はすたすたと歩いていく。

銭湯のロビーに出るとＯ君の奥さんが立っていた。
あーー。やっぱり、顔はなんとなくわかるけど、名前は、まったくわからない！
すると、Ｏ君の奥さんは、驚いた顔で、私の名前をフルネームで呼んでくれた。
なんで、フルネームでオレのことわかるの？
やっぱり、歩き方でわかるの？（そんな冗談を思っている場合ではない。）
あー、最悪や！だから、事前におしえてって、云ったのに、、、
これ、どーすんの？
この後、オレどーしたらええの？
恐ろしい質問が彼女の口から飛び出す。
「私のことわかるよね？」
昨日の夕飯さえ思い出せない私に、わかるわけがない。
「、、、うーーん。ごめんなさい。」
「えーひどい！覚えてないの？家も近所やったのに。」
「ほんと、ごめんなさい。」
私は、誰かわからない彼女に、ひたすら謝りつづけた。

その後、Ｏ君と携帯とメールアドレスの交換をし、
「頼むから、思い出してやってや。」と、云われ、答えをおしえてもらえないまま、
Ｏ君夫婦と別れた。

おー、誰かまったくわからん。
あー、風邪がひどくなる。
うー、ほんと、覚えてなくて、ごめんなさい。
その日から３日間、実家で風邪をこじらせ寝込むのだが、
私のうなされ方は、半端ではなかった。
そのうなされて、はなった言葉は、もちろん。

「彼女の名前、なんやったっけ！」

で、ある。

※文中、多くの関西弁が横行してますが、専門家の指導のもと会話しております。