Nicotto Town


昼行灯の雑記帳


大人と子どもについての一考察

 子どもと大人の差ってなんだろう。という話が、たまに10代の方から出ることがある。以下は、大人について、私が思うところ。


 ヒトはここから大人っていうはっきりした境界があるわけではない。
 いろいろ経験をつんだり(経験は大切)、知識を持ったり、深く思考すること(これがもっとも大事なことだろうと思う)によって成長する。

 「子ども」の思考は刹那的である。今取った行動、言動がどう先に、どう周囲に影響するか深く考えることが出来ない。だから期せずして無茶をする。
例えば、好きなものだけ食べていたら、どうなるか。考えられないからこそ、子どもは好きじゃない食べものを全て拒否するのだ。

 独自の驕りもある。自分より少し上の世代は爺や婆であり、なぜ自分のように動けないのかと思うか、あるいはその年なら年らしくいろ、などと思考する。
 10代20代の自分。貴方が40や50、あるいは70になったとき、今貴方が40代50代、70代に抱いているようなイメージで年らしくおとなしくできるとでも思うのか。5年前10年前と今の自分は、そんなに大きく違っているだろうか?
 他者や事象への想像力に欠けているところも、子どもの思考なのではなかろうか。
 
 何かあったとき、感情的な反応は一時脇へ置いて客観視できるか否かも、大人の素養でなかろうか。例えば友達とトラブルがあったとき。
「あんなことを言うなんてするなんて、もう友達ではない」と思うか。
 苛立ちはひとまず置いておき、「一体何故ああいうことになったのだろうか、相手はそう言って来たのだろうか、あるいはそういう行動を取ってきたのだろうか。自分にもなにか非はなかったか」をじっくり考えることができるだろうか。

 社会的動物である以上、ルールは必用である。しかしそれが、客観的に見てどうか。自分の提言がマイルールになってはいないだろうか。そこを思考できるか否か。
 「それは決まりだ。従いなさい」
 翻して自分で何かしでかしたつもりがないとき、突如そう言われて、貴方は冷静にそうですか、従います、で、いられるだろうか?えっと思うか、むっとはしないだろうか?だが、糾弾側に立ったとき、ヒトはえてして「ルールだ、従え」的態度を取りがちだ。
 これは良いことだ、と思っていても、相手の知識、習慣を無視してルールを説けば、それはただの押し付けに過ぎない。そのルールを守らないことによって、他者にどのような迷惑がかかるか。ルールを説く際に高圧的、あるいは感情的になってはいないだろうか?
「決まりだ、従いなさい」
「こういうこともあるので、このようにしていただけたらありがたいです」
その違いはどこにあるだろうか。

 大人か、子供か、は、実年齢では計れない。そしてまた、大人にはある時期が来たら自然になれるものでもない。大人、という終着駅があるわけでもない。大人は子どもの延長であるのだから、子どもの部分だって残っていくものだろう。その子どもの部分が、他者に迷惑をかける部分か、あるいは残しておいて良い部分なのかどうか検討できるか。
大人というのは、そういうものじゃあないか、と思う。

 どなたの言葉だったか忘れてしまったが、とある職人さんの言葉に
「自分が半人前だ、と実感したときからようやく一人前の入り口であり、その先は一生研鑽だ」
というものがあった。職人について語られた言葉だが、大人かどうか、についても、この言葉はぴったり来ると、私は思う。

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2011/03/26 06:39
時間が足らないので短くなるが。
決まりだ、従いなさい、という言い方、決して悪くないと思う。
それを教育の場面で使わずにすむために「近所の頑固爺」がいたんじゃないのか?
 こちらの言い方は俺は好きではないが、必要悪、という考え方がある。
その考えに近いかもしれんが、何事にもいい見本だけではわからないことがあるんじゃないか?
だからこそ、頑固爺は言葉少なに高圧的なことを言うんだろう、と
俺は30後半になってからようやっと思いついた。
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2011/01/30 11:03
>ミスティちゃん

あたしだって子どもなと頃は思い切り子どもよ~w
リアル年齢なんか関係ないさw
師匠いわく 自分の子ども部分で人様に迷惑がかかるか否かなのだと。

そうそう、他者の気持ちを想像する力ね。そこが大きいと思うの。
あたしもまーーーーーだまだ 修行が足りません。
でも、想像しようとする気持ち が、大事だと思う。

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2011/01/29 17:25
( ̄-  ̄ ) ンー 。。。。。
万年ガキんちょを自認してますが何か?w
なので、みなさまに甘えきって遊んどりますが何か?www
(リアル年齢は、フランカちゃんより、ず~~~っと上だけどね・・・・内緒やで!( 'ノェ')コッソリ)

【「決まりだ、従いなさい」
「こういうこともあるので、このようにしていただけたらありがたいです」
その違いはどこにあるだろうか。】
 ↑
これ・・・・いろんな場面でありがちよね。
その言葉を発する前に、その人がどれだけ人と接して
失敗して学んで来たか・・・・にもよるし?
育った環境において、主として誰の言葉遣いの影響を受けて来たか・・・・にもよるし?
「こういうふうに言えば(他人はさておきw)自分は心地いい」っていう基準が人によっても違うし?
ま、仮に、それまで何も学んで来なかったと、少々乱暴な言い方をしてみても、
(他者に対する)最低限の想像力・・・ぐらいは持ちたいもんだわねぇ・・・・(*´ェ`*)


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2011/01/16 10:59
>おっちゃん

そそ、生物的年齢と、また別だからね。
その思考が己の感情から来ているのか、あるいは客観的に見てもそうなのか、そこについて考えられるか否か、でしょうかね。

>「自分って意外と(←ココ重要)大したことないなぁ」と実感

そそ、自分は一人前、に通じる考え方ですよね。

そーですねw
おとな君がおられますな。

>日月さん

そーですな。
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2011/01/14 18:43
自分で大人だと思ってる内はまだまだ子供ですなー。
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2011/01/14 18:30
拝見してから、ぼやぼや考えました。
年齢的な大人と精神的な大人がまぜこぜになるとわかんなくなっちゃいますよね。

落ち着いて考えられるか。ということでしょうか。
もちろん考えるための材料を持ってなければただ物思いに耽るだけになっちゃいますから、そのへん込みです。
あと、「自分って意外と(←ココ重要)大したことないなぁ」と実感することかなあ。



・・・ああ、そうだ。
わがやにはニコペットの「おとな」がいます。  はい。


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2011/01/12 11:45
>ふらびおさん

この職人さんの言葉はもうずいぶん前に耳にしたことですが、そうだなあって実感したのです。

現在の自分というのは昔あったことの上に積みあがっていくものですものね。
かつての疑問を、今の経験を踏まえてまた再検討していくのも大事ですねえ。10年後か~。
いい方に成長していきたいものですなー。
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2011/01/11 16:15
「自分が半人前だ、と実感したときからようやく一人前の入り口であり、その先は一生研鑽だ」
これはすごくいい言葉ですね。

あのときにはあって、今にはない
或いはその逆のこと、何なんでしょうね^^
若いスタッフが腹を立ててること、以前は僕も同じでした。
いつからそれを「そういうもんだ」と割り切れるようになったのか、
自分でもよく分かっていません^^けどそのスタッフがいたおかげで
“そこ”に気付いたんです。
『知らないことがある、ということを知る』なんてカッコつけて言ってましたが、
それはそれで振り返ると若かったなぁ~なんて思いますね^^
10年後の僕は、どう今を振り返るんでしょうね~^^
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2011/01/11 11:47
>ほす子さん

えーww 褒めていただいてありがとうw 
大人・子どもって年齢じゃあない。つくづく思うのです。

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2011/01/10 16:23
(ノ∀`)ほろり
新成人さんにも、そして現役大人にも読んで貰いたい。そう思いました。

フランカーさんは文章にまとめるのが上手で素敵だなあ。
私も似たような事は抱いていましたが、まったくまとまって折らず漠然としたものを何となく感じていただけなので
こうやって文章で読むと、「そうだよね、そうだね」と同調する事しきりです。
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2011/01/10 10:26
>nekoyamaさん

そういう感じで、幾分か背伸びする/したい時期ってありますね。
nekoyamaさんの大人になりたくてあがいている部分って、なんなのでしょうね。
あたしも、まーだまだww

>どどさん

>>「どこまでが許される限界か」
確かにそうですね。限界。

どんぐり拾い、いいですねー。磯遊びも追加したいw
あたしも買い物途中に、珍しい虫や鳥がいると、観察したりコンデジで撮影したりしてますw
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2011/01/09 18:32
わしは常々「良い意味での」子どもでありたいと思っとります(^^;
歳を重ねてぢぢぃになって、真面目にオトナをやってたら身動きが取れなくなってしまうじゃん。
「社会的ナントカ」に縛られて、毎日保守的に暮らすなんてまっぴらごめん(笑)
ただね、経験をいっぱい重ねることで、「どこまでが許される限界か」がある程度見えてくると思う。
そんなギリギリのところで、好奇心をむき出して走ってみたいなぁ。
秋の森を歩いて、ポケットいっぱいどんぐりを拾って大喜びするような、
そんなぢぢぃになりたい(笑)
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2011/01/09 15:29
成人の日に
成人を迎えた人達にも読んで欲しい良い講話だと思います.


わたしは大学生だった頃,
成人の日を故郷に帰らずに普段通り過ごしていました.

自分がとても大人になったとは思えなくて,
短いお休みをレポート書きに費やしてしまいました.

帰ればきっと友人達にも再会出来て楽しいひとときが待っているはず
なのに…

わたしは生き急いでたんだと,今は思います.早く大人になりたいと,
同時にどうしようもなく子供であることを自覚してたんだと思います.

今もたぶんどこかしら子供で,大人になりたいとあがき続けています.




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