Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


『ハッピーバースデイディア…』(2)


 慣れないミニのワンピースの足元が寒い。ワンピースと揃いのブーツにはカイロも入ってるし、タイツも穿いてるんだけど、何しろ風が強い。
 ちらりと店内の時計に目をやる。まだ閉店まで一時間以上ある。目の前の箱は、一時間前に残り三個になってから、ちっとも減らない。
「今年はミニスカサンタかぁ。長生きはするもんだなぁ。お前のナマ脚が拝める日が来るとは」
 テーブルの向こうからのんびりした声がする。顔を上げると、毎年この日には家の中で呪詛の言葉を繰り返してる、と嘯く男が着膨れて立っている。
「それ、セクハラ発言だから」
「え?どの辺が?」
「全部。それに、タイツ穿いてるからナマじゃないよ」
 えーっ、わっかんないなー、などと首をひねる男を軽く睨みつける。
「ところで、何の用よ?」
「あ……えーっと……お前、バイト上がり何時?」
「閉店まで。もしくは売るもんがなくなるまで」
 テーブルの上の『生クリームケーキ・大』『生チョコケーキ・大』を指さす。
「じゃあ、さ。……残ったそれ、買うから」
「……は?」
 クリスマスケーキは食わないって主張してなかったっけ?
「あのケーキじゃ足りないくらい、人が集まっちゃった?だったら小さくカットすれば」
「売る気はあるの?ないの?」
 苛立ったように声を荒げる。この男には珍しい事に。
「……『ありがとうございます。手提げ袋はお付けしますか?』」
 差し出した札を受け取り、釣り銭とともにマニュアル化された挨拶を返す。三つのデコレーションケーキは両手では持ちきれない。
「配達してくれよ。これで上がりなんだろ?」
 言う事が矛盾してる。勤務時間外なら配達する義務はない。
「……じゃ、店長に訊いてみる」
 残ったケーキを知り合いが一括買い上げしてくれた、というと店長が顔をほころばせた。
「それで、持って帰れないんで、配達してくれ、っていうんですが……」
「ああ、いーよ、いーよ、もう上がって。なんならそれ着て配達して直帰でも」
 さすがにそれは恥ずかしい。

 大勢で何度か押しかけた事のある部屋も、今日はしんとして人気がなかった。
 どうしたのか、と問い質そうとしたら後ろから抱きしめられた。振り払おうにも、手はケーキの箱で塞がっている。
 そのままの姿勢で居室に連れ込まれる。
 灯りをつけるのももどかしげに顔が近付いてくる。
「……目くらい瞑れよ」
 ようやく離れた唇が、不機嫌そうに呟く。
「あ。……なんか、びっくりして」
 ったく、と小さく毒づいてあたしの手からケーキの箱を取り上げ、キッチンの冷蔵庫の上に置く。
「ええと……いったい何がどうなってるの、かな?」
 ワンルームの床に敷かれたラグに座らされて、ようやく口を挟む隙ができた。
「ケーキのほかに、プレゼントも欲しくなった」
 熱を帯びた目がこちらに注がれる。
「ほかに、って。リクエスト聞いてないけど」
「……お前」
 そう言ってまた唇が重ねられる。柔らかな舌がそっとあたしの唇をなぞる。慣れない感覚に頭の芯が痺れる。
 自分の唇が甘い吐息を吐くのが聞こえる。抱きしめられる腕に力が籠る。
「ん……だ、め…っ」
 その腕に身を委ねたくなるのを堪えて、逃れようともがく。
「……厭か?」
 耳元でささやく声が快い。
「……いや、じゃない、から、困るの」
「どうして?」
「だって……そういう関係じゃなかったでしょ?あたしたち」
「じゃあ、どういう関係?」
「……少なくとも、恋人とか、そういうのじゃなかったはず、でしょ?」
「恋人じゃなきゃ、ダメ?」
「あたし、面倒な奴だもん。ノリや勢いだけじゃできないもん」
「うん、知ってる。……と思う」
 なだめるような軽いキス。
「だから、そういう事、考えないようにしてた」
 抱きしめる手が、ゆっくりとあたしの体を撫でる。
「なら、どうして?」
「あのケーキ。『お誕生日おめでとう』が二十三枚乗ったやつ。あれにやられた」
「……は?」
 まさかそんなとこにツボがあったとは。
「毎年零時きっかりに『おめでとうコール』よこす律義なとこも。……そういうのはラヴな相手にするもんだぞ、って最初の時に言ったのにな」
「そう、だった?」
「だから、二年目にまた掛かってきた時は、軽くパニクったんだぞ?……なのに全然態度変わんねーし」
 だって告白して拒否られたらダメージ大きい。
「あー、これはお前んとこに来る『あけおめメール』と同じような感覚なんだな、って思った」
「あたし、それ嫌だから電源切っとくもん。……知ってる人はそんなもの寄越さないし」
「……この一年、どんどん綺麗になってくし。気が気じゃなかった」
 髪を撫でながら耳元で囁いて軽く耳朶を咬む。くすぐったくて思わず声が洩れる。
「知ってるか?俺が自分から手を出したくなったのって、お前が初めてなんだぞ?」
 割と頻繁に連れてる女が変わるとは思ってたけど。
 止めた手が目の前に差し出される。
「だから、……大事にするから。……頂戴?」

#日記広場:自作小説

アバター
2010/12/15 22:15
イカズチです。

アイマールさんのコメントを見て拝読しに来ました。

なるほどぉ。
こちらは人物表記がしっかりしてストーリーが入ってきますね。
コレを1,000にするのはかなりな難しさかと。

やはりお話には『切っても意味が通る箇所』と『切ったら別物になってしまう箇所』がありますね。
こちらの方が読んで面白いし前半の会話部分が後半のともすれば暗く読み取られそうな部分を打ち消してくれます。

1,000文字道場のすばらしさは他の方の作品からも、その感想からも得られる所が多い点です。
今回のまぷこさん作品は色々な意味で重要なお話だったと思います。
アバター
2010/12/14 10:12
千文字2でアイマールさんがこの作品のコメント下さっていて、急いで駆けつけました。
おお~、これが完全版! いいですね~!
表現が増えていることで、より豊かな作品になっています。キャラも文体もブレがないし、まぷこさんほんとレベルが高いですね。
2000字だって短いと書く人には感じるものですが、つまりそれは書きたい事を整理できていないということなんですよね。俺も自分で立ちあげた企画ですが、良い勉強になりました。
この出会いに感謝します^^
アバター
2010/12/14 00:23
おお~、この話って、1000文字道場のあの話の完全版ですね!
後で蒼雪さんのところに、アイマールで感想書きに行こうと思ってたんですよ。
やった~、ラッキー♪^m^

2人がどういう関係で、普段どんな生活してるのか、はっきり分かりました。
う~ん、やっぱり文字数が多いってステキ♪www
やっぱり4倍くらいの文字数があると、書きやすいですよねぇ。
オイラも今回、ネタは浮かんだんだけど、どうしても削れずに苦労してます。^^;
このままだとルール違反しちゃいそうですよ…。www
箱書き訓練って、やっぱり素晴らしい訓練ですねぇ。
あれをやって以来、小説の読み方も書き方もだいぶ変わりました。
いろいろ勉強になります!
ホント、皆さんに知り合えて良かったです♪^^



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