『Not guilty but…』(14)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/27 18:33:03
『Not guilty but not innocent』(承前)
ドアはこっち側に開くから、こっち側から押さえていれば、鍵が外されても開かないはず。いずれは出て行かなくちゃならないけど、それには心の準備が必要だ。
……いずれは出ていく。
……心の準備。
ああそうか、と納得する。どうしてあの人が苦手なのか。
あの人を目にすると、《俺》はここにいてはいけない存在なのだ、という事を再確認してしまうからだ。
膝を抱えてドア框にもたれる。
壁にかかっている時計が見える。十六時少しすぎ。《サルベージ》に三時間近くかかったわけだ。……うん、気分が下向きなのも、疲れているのもしょうがない。
秒針がもう一周したら、立ち上がろう。カメラからテープ出して、カメラと三脚片付けて。電波時計は……どうするか相談して。そう決めてぼんやりと時計を眺める。
不意に、目の前に湯気の立つマグカップが現れたのでびっくりした。むろん、カップがひとりでに現れた訳ではなく、カップの縁を大きな手が掴んでいたのだけれど。
「びっ……びっくりした。心臓、止まるかと思った……どこから入ってきた?」
「あっち」
センセイがあごでさし示した方を見ると壁と同じ色のパーティションが目に入る。
「カルテ庫は受付ともつながってるからな。……院長が拗ねてたぞ。目が合った瞬間ドアを閉める事はないだろう、って」
「あー……いるとは思わなかったんで、動揺して」
受け取ったミルクココアを啜る。
「…………甘い。何杯砂糖入れた?」
しばらく逡巡した後、隣に腰を下ろす。覗き込むと、自分のカップの中はコーヒーだ。ミルクは入ってない。
「さあ?院長が入れたんで。疲れてる時は甘いものがいいって」
「それにしたって、限度というものが……」
「冷蔵庫からコンデンスミルク出してたような気もするな」
「こんでんすみるく……」
そりゃ甘い訳だ。ショ糖五十%だもんな。
「……うん。バカバカしいくらい甘くて、なんか元気出てきた」
コンデンスミルクの色や状態が何かに似ている事がふと頭をかすめるが、頭から蹴り出す。
「……それで、どうだった?」
しばらく黙ってカップの中身を啜っていたが、残り少なくなったところで言いにくそうに切り出した。
「うん……直接手を下した訳じゃないけど、かなりそれに近い、かな。……結果は聞いてるんだろ?」
カップの中に視線を落したままそう応えると、隣の大きな体が頷く気配がした。、
「それで、どうするんだ?……立ち向かうのか、回避するのか」
「立ち向かいたい」
即座にそう応えてカップの中身を飲み干す。
「あいつ……投稿サイトの常連だったらしい。アダルト写真の。……削除させたい」
隣で息を呑む気配がする。
「もしかしたら、恐喝とか、そっちの方にも手を染めてたかも。アドレス帳に、女の子の名前が何人も。……ただのガールフレンドかもしれないけど」
手のひらの間で、ゆっくりとカップが温度を失ってゆく。
あのアドレス帳の名前たちの事を思うと同じように心が冷える。数十人分もの名前があったからだ。そんなにたくさんの『被害者』がいたとは思いたくない。でもその一方で、そんなにたくさんの『被害者』がいたのであれば、自分のしたことは正当化されるのでは、とも思ってしまう。
「……解った。できる限りサポートする」
そうつぶやいて、大きな手のひらが躊躇いがちに頭の上に載せられる。《サルベージ》から上がった時にふと危惧したような嫌悪感はない。
「まずはそこを立たないとな。女の子が腰を冷やすもんじゃない」
「……ああ……うん」
立ち上がろうともがいていると、一足先に立ちあがったセンセイが手を差し出した。その手にマグカップを返す。一瞬、残念そうな表情がかすめ、少しばかりしてやった、という気になる。
って言うか、もう被害者と呼びたくないけど。
…とか言っちゃダメですか?^^;
でもこうなってくると、ますます主人公の立場が危なくなって来ますね。
警察でどういう扱いを受けるのか、今後が心配ですよ~!
先が楽しみです♪^^
そして次も長編の一部、電車の中で読む小説と思えばよいのだろうか。