Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


『Not guilty but…』(11)

『Not guilty but not innocent』(承前)

 撮影の場所は、行きつけの病院(というか、センセイが週一で勤めるメンタルクリニックだ)の診察室を選んだ。休日なので他に人がいないからだ。もちろん、持ち主である院長には許可を取ってもらった。。
 《俺》が《サルベージ》と呼んでいる作業は、端的にいえば、『思い出す』ことに他ならない。だが、《自分》で持っていたくない記憶を押し付けている相手の記憶なので、精神的に苦痛でならない。色々な意味で。……だから、《サルベージ》と呼んでいる訳だが。
 という訳で、大変に暗い気持ちで撮影機材(といっても三脚とビデオカメラだけだが)をセットし、自分が座る椅子の横のデスクに、買ってきたばかりの電波時計を置く。
 軽めの精神安定剤(もしかしたら偽薬(プラシボ)かもしれないが)を出してもらって気持ちを落ち着かせ、椅子に座る。
「カメラの操作方法は判るか?テープの交換の仕方は?あまり長くなるようなら一時停止して休めよ?」
 内容が内容なので、できれば録画現場には立ち会わないでほしい、と頼むといろいろ心配された。まあ、以前《サルベージ》した時の事を考えれば、心配されるのも無理ないか。
「外にいるから、具合が悪くなったら、呼ぶんだぞ?」
 心配そうな顔をして出ていくセンセイを、手を振って見送る。
 改めてカメラの方を向き、大きく深呼吸してから、リモコンで録画をスタートさせる。

   * * * * *

 彼女が診察室に閉じ籠っている間、待っているのがいたたまれなくて、一冊のファイルを精読し始めた。
 彼女のカルテだ。
 初診日の日付は五年前。
 その前の、大学病院時代のカルテも複本が綴じ込まれている。
 他ならぬ自分が彼女をここに連れてきた。
 自分では手にあまると思ったからだ。
 それに。
 自分では冷静に分析や判断なんかできないからだ。彼女に関しては。
 第一、彼女が患っている部分は、自分の専門分野と似て非なるものだ。それはメスで切ったり薬で治したりはできないものなのだから。
「おう。どこの中学生が入り込んでるかと思ったらお前さんか」
 カルテを眺めながらぼんやりと昔の事に思いを馳せていると、カウンター越しに声をかけられた。院長だ。休診日で来客を知らせるチャイムが切ってあったので、入ってくるのに気がつかなくてひどく驚いた。時計を見ると、彼女が診察室に籠ってから一時間ほどが経過している。
「誰が中学生ですか。第一連絡したでしょうが」
 狼狽を隠そうとしてぶっきらぼうに応じたが、相手には見え見えだろう。人の悪い微笑を浮かべてカウンターに肘をついてこっちを覗き込む。
「ああ、そうだっけ。ところでお前さん、お姫様ほっぽってこんなところで何してる?」
「今は王子様ですよ」
 彼女の事をお姫様呼ばわりするのは毎度の事なので、もういちいち反論しない。
「ああ、それで追い出されてるのか。自前のナイトを持ってるお姫様が相手だと、肝心な時に当てにされなくて辛いよねえ?」
「肝心な時って何ですか」
「キスでお姫様を目覚めさせるのは王子様の特権だろう?」
 彼女の場合、キスで目覚めるのは魔女の方だと思うが。……あるいは妖女か。
 ……いけない、こんな連想をするってことは、相当院長に毒されている。
「そんな軽口をたたく余裕があるんだったら、なんとかしてください」
 《彼女たち》の現在の主治医はこの院長だ。彼女のような例は初めてだそうだが、もう二十年近くのキャリアがある。
「そうは言ってもねえ……」
 困ったようにこめかみを掻く。
「お姫様の場合、日常生活に支障はないんだろ?……よほどショッキングな場面に遭遇しない限り」
「それはまあ……そうですが」
 彼女の場合、日常の八割は主人格で過ごせている。フリーランスだが仕事にも就いていてそれなりの収入もある。
 だが。
 二人でいる時、いい雰囲気になると交代人格が現れるのはいかがなものか、と思う。
 別に交代した方を嫌悪している訳ではない。すぐにベッドにもつれ込みたがる(依存症かニンフォマニアではないかと疑っている)事を除けば、明るくていい女だと思う。
 ……別に彼女が暗い、という訳でもないが。
「だったら経過観察するしかないよ。それに《彼女たち》、今一つこっちに心を開いてくれないんだよね。何か差し障りのない事しか話してくれない、っていう感じ?……お前さんの方がよっぽど信頼されてる」
「そりゃ……若干ですが付き合いが長いですから」
「それだけじゃないだろう?」
 何やら言いたげにこっちを見る。

#日記広場:自作小説

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2010/12/05 01:48
あ、そかそか、主治医のセンセイは脳挫傷の時の主治医で、今の多重人格症の主治医は
院長なんですね。
何回か読み直してやっと分かりました。 理解するのが遅い…。^^;
ふと思ったんですけど、多重人格症って日本でどれだけ症例があるんでしょうね?
アメリカではやたら多いみたいですけど。
日本の病院でどれだけの人が実際に診断されたのかが気になりました~。
後で調べてみよう…。
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2010/11/22 20:39
(・∀・)ニヤ ← 院長絶対こんな顔したw



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