『Not guilty but…』(8)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/15 08:14:51
『Not guilty but not innocent』(承前)
「……信用、されてないんだ…?」
車を置いてあるというコインパーキングに向かう途中でそうこぼしてみる。
「誰が?」
無言で自分の胸を指さして返す。
「自分が一番信用してないんだろうが。自分で言ったんだぞ?『過失致死』って」
「そうだけど……警察にはどこまで洩らした?『こんなにしっかり受け答えしてるのに、心神耗弱とは解せない』って顔してた」
「今も『心神耗弱状態』だ、という事は言ってないぞ?」
「……なんか、すごく不本意なんだよな。それ」
今の自分が『常態』ではない事は十分に理解している。そんな事は鏡を見れば一目瞭然だからだ。……だからって、『心神耗弱』呼ばわりされるのはまったくもって不本意だ。
「でも、自覚はあるんだろ?《他の人》とは違って」
「でなきゃ、自分からこんな話題振ったりしない」
「自覚があって助かるよ。その上で話ができるのが何よりだ」
そう言いながら髪に手を突っ込んでぐしゃっとかき混ぜる。《俺》に対しては『弟』扱い、という事だろう。患者さんなんだけどな、一応。
まあ、こっちの方も『主治医』に対するのとはだいぶ違う甘え方をしているが。
「…そういえばもう昼近いけど、腹は減らないか?」
コインパーキングの精算機にコインを放り込みながらそう訊ねてくる。
「……何でそんな事を訊く?」
「検死解剖の結果が聞きたいんじゃないかと思って。終わるまで、だいたい……二時間くらいかな。どうせなら食事はその前に済ませておいた方がいい」
「だから、どうしてそう思う?」
重ねて訊ねると、精算機の吐きだした領収証を引きちぎり、ぼそりと呟く。
「自然死かそうでないかで今後の扱いが変わってくるからな。……自然死じゃなかったら《サルベージ》するつもりだろう?」
「……すごく不本意だけどね。物的証拠を積み上げられて、殺人か過失致死か事故かって検察に決めつけられたり、知らない医者にあれこれ頭の中をつつきまわされるよりは、自力で思い出した方が早いし、……たぶん負担も少ない」
《あたし》の記憶を探るのは、とても気が進まない。……殊に男とベッドにいる時のは。
「だから……まあ、それまでの時間つぶしにつきあってやろうかと思ってな。黙って座っててくれれば、そう悪い眺めでもないし」
こっち、スウェットなのに?
「休みの日なのに、一緒にランチしてくれる人もいないんだ?」
「寝起きを呼び出しといて何を言う」
一瞬の間の後、そう言って軽く頭を小突かれる。
「で、どうする?まっすぐ帰るか、途中でメシ食ってくか」
運転席でシートベルトを締めながらそう訊いてくる。
「この恰好で入れるようなとこって、ファミレスくらいだろ?」
ぶかぶかのスウェットに足元ビニールサンダルだし。
「……その紙袋の中に、ワンピースが入ってる。ケータイと一緒にコインロッカーに入ってたやつだけど」
「知ってる」
駅前のデパートのロゴが入った紙袋には、クローゼットの中に見覚えのあるシンプルなワンピースが入っている。手渡されてすぐに確認した。たぶん、《あたし》はこれを着てここまで出てきて、デパートであのドレスを買い、着替えたんだろう。……男を釣り上げるために。
「それだったら、よほど気取ったレストランでない限りは入れると思うが?ランチタイムだし」
「やだ。知らない奴相手にしてる時ならまだしも。……今日はもう『私』って言いたくない」
パーキング出口の一時停止線でがっくりとうなだれる。やっぱり、何か淡い期待を抱いてたらしい。
「……解った。ファミレスでいいか?」
「了解。その代わり、自分の食った分は自分で払うから」
うなだれたまま小さく溜め息をついてから頭をあげ、車を発進させる。