『Not guilty but…』(7)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/12 01:35:03
『Not guilty but not innocent』(承前)
目配せされたグレイのスーツがクリップボードを持ってこっちにやってくる。
「読み返してみて、間違いがなければここにサインを」
そう言ってページの下の方の『以下余白』と書かれた上を指さす。『自分の』サインでいいんだろうか、と思いながら読み返す。
「あっと、事後承諾になりますが、あなたの荷物の中にコインロッカーの鍵がありましたので、署員立会いの下、主治医の方にお願いして取りに行ってもらっています」
なるほど。それで姿が見当たらない訳か。
「それが届き次第、お帰りになっていただいて構いません」
「え?……いいんですか?私、明日になったらこの事、忘れているかもしれませんが。昨夜の事同様に」
少なくとも、《私》は覚えていまい。
「ええ。検死解剖の結果によっては、主治医の方から『後遺症』についての報告をいただける事になっていますので。……もし、また何か思い出したら、先ほどお渡しした電話番号にご連絡ください」
「えーと、些細な事ですが、一つ思い出した事が。着替えてる途中で、ストッキングをゴミ箱に放りこみました。とても穿けるような状態ではなかったので」
グレイのスーツが苦笑しながら書類に訂正を入れる。再度渡されたクリップボードを読み返し、書き直された『以下余白』の上にサインする。
「はい、ありがとうございました。あ、あとここに拇印を」
言われるままに親指に朱肉をつけ、サインした上に捺す。
「それから、申し訳ありませんが、お荷物と衣類はしばらくお預かりさせていただきます。返却できるようになりましたら、ご連絡いたしますので」
そう言って預かり証を差し出す。
「……服の方は処分していただいて構わないんですけど」
そうつぶやいたが黙殺された。預かり証を受け取って、紺スーツに伴われながら部屋を出る。
「なかなか口が固いですね、あなたの主治医は」
エレベータでフロントへ下りる途中で、刑事がぽつりとそうこぼす。
「それが仕事ですから」
「仮にあなたが手を掛けたのだとしても、あなたを罪に問う事はできないと思う、と言ってましたが。心神耗弱で」
「……守秘義務違反ぎりぎりですね。こうやって話している事自体も、明日には忘れているかもしれませんが?」
「その……どういう感じなんですか?記憶がところどころ欠ける、っていうのは」
「どうって……ではお聞きしますが、刑事さんは、一年前の今日、食べたランチの内容を覚えていますか?」
「……いや」
「でしょう?ダイエット中とかで食事日記をつけている人でも、なかなかピンポイントで訊くと答えられないものですよ。……それと同じだと思っていただければ」
何か反論したそうな顔をしたが、そこでエレベータが止まった。
外へ出ると日がすっかり昇っていた。ほとんど昼近いだろう。
地上に目を戻すと、大勢の警察関係者の間を縫って、見覚えのある寝癖頭がこちらに近づいてくる。
「では、長い事足止めして申し訳ありませんでした。お気をつけてお帰りください」
そう言ってセンセイに引き渡される。
「ところで、最後にひとつ訊いていいでしょうか?」
立ち去ろうとしたところに声をかけられる。
「はい?」
「どうして『死体だ』って思ったのに救急を呼んだんですか?」
「ああ……結局、救急の方には申し訳ない事をしてしまいました。……そうですね、、理由、ですか…………んー……」
自分でもよくわからない。フロントの人の声を訊く瞬間までは、警察を呼んでくれ、と言おうとしたのだけど。
「『一縷の望みをかける』といったところでしょうか?心臓や呼吸が止まってどれくらい経っているか判らなかったものですから」
「ほう?」
「私自身、一度ならず心肺停止状態になったそうですから、もしかしたら、っていう気持ちもあったかもしれません」
「…そうだったんですか。なるほど」
「まあ、単純に、直接警察を呼びつけるのを避けたかっただけ、かも。いきなり「お前がやったのか!?」とか言われそうな気がして」
「……そんなイメージがありますか?警察って」
曖昧に笑って返事とする。

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- ぎょこたん
- 2010/11/15 20:39
- 気になる 気になる (*^_^*)
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- miyamo
- 2010/11/12 10:49
- こんにちは、調書の細かいところまで詳しいですね、素人は思えないです。
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