『Not guilty but…』(5)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/08 03:54:23
『Not guilty but not innocent』(承前)
「それよりも、服が届いたんですから、着替えてもよろしいでしょうか?事情聴取はその後続ける、という事で」
ひったくるようにしてセンセイの手から紙袋を取り上げて胸元に抱え、尋問者にそう訊ねる。
「…あ、ああ、構わないが…」
「では、着替える間出ていてもらえますか?」
この部屋のバスルームもやはり室内から丸見えだ。むしろバスルームが乾燥している分、見通しがいい。そして個室内にある部屋は、バスルームとベッドルームだけだ。一応下着は身に着けているとはいえ、三人もの男がいる部屋で着替えるのは躊躇われる。
…バスローブ姿で事情聴取を受けといて言うのもなんだが。
なるほどとうなずく男性三人を追い出してから、ベッドの上で紙袋をひっくり返す。
バサッと広がったのは、リクエストしたとおりの霜降りグレイのスウェット上下。それからコンビニのレジ袋に入った綿靴下。それに茶色いビニールのサンダル。…確かにスウェットの足元がパンプスではちぐはぐだ。アイテムの選択眼はともかく、気配りはこまやかだ。
着替えるためにバスローブを脱ぐ。
ふと鏡張りのバスルームが目に入る。
せっかく大きな鏡があるのだから、傷とか痣ができていないか、着替える前に点検しとこう。うちにはこんな大きな鏡はないし。
バスルームに入ると、正面の鏡には《俺》の最愛の者の姿が映る。自分の目で直に見られなくなって久しい、妹の姿が。
もう、とうに《俺》の歳を追い越してしまったが。
華奢な骨格に、長い手足。胸や腰の丸みは、控えめだが十分に女らしい。色白の肌のあちこちに、うっすらと古い傷痕が残っている。濃いワインカラーの下着は《俺》の好みではないが、こうしてみると白い肌によく映えるし、傷痕から目を反らすにはいいかもしれない。
顔に視線を移すと、少女の頃より少し削げた卵型の顔に優しげな印象を与えるパーツが並んでいる。少し目尻の下がったアーモンド型の目。柔らかな曲線を描く眉。とおった鼻筋に、今は少し蒼褪めている、ふっくらとした唇。
手を伸ばして触れようとしたが、これは今の『自分の』体である事を思い出す。
自分の事を《俺》と認識している自分は、妹の記憶が作り出した過去の谺にすぎないのだが。……たぶん。
鏡に近付いて自分では見えない首筋とか背中に、男の残した痕跡がないか機械的に確かめる。表面的にはそれらしいものは残っていない。
ほっと溜息をついてバスルームを出る。
ベッドの上に広げたスウェットを着てみるとぶかぶかだ。もしかしたら彼自身の洗い替えかもしれない。袖と裾を折り曲げて長さを調節する。体の線が判り難くなったので、少し緊張が解ける。コンビニ袋に入っていた靴下にはまだピンタグが付いていた。見回してみたがハサミの類はない。しかたがないので戻そうとして袋の中にレシートと一緒に髪ゴムが入っているのを見つける。…ホントに、妙な所に気が回る。
長い髪をうなじでまとめ、髪ゴムで括ると、見た目も大分『元の自分』に近付いたような気分になる。
使い捨てのスリッパからビニールサンダルに履き替える。これもサイズが大きいが、歩くのに支障はない。着替え終わってうーん、と小さく声を出しながら伸びをする。緊張でこわばった節々がほぐれるのを感じる。
バスローブと紙袋を片手に持ってドアを開ける。
「お待たせしました。事情聴取の続きを」
ドアのすぐ横にさっきの制服警官が立っていたので、声をかける。
だが、
「あ、少々お待ちいただけますか?部屋の中で。向こうの用が片付き次第、お伺いしますので」
と言われて部屋に戻されてしまった。名刺によればあの紺スーツはどうやら一応この場の責任者らしいので、いろいろと忙しいのだろう。
ソファに浅く腰かけて、組んだ両手の上に額を載せる。
どうか自然死でありますように。直接にしろ間接にしろ、あの男の死に自分が関わっていませんように。
身勝手で虫のいい願いだとは解っている。でも。
…どうか、あの男の遺族の前に、自分が晒されたりする羽目になりませんように。
どれくらいそうしていただろうか。不意にドアが開いた。
「お待たせしてすみません。一通りの調査が終わりましたので」
さっきのグレイの方が、自分の体でドアを抑えるような形で、入り口に佇んでいる。
「……はい…?」
「先程の部屋にお戻りいただけますか?死体の方はもう搬出いたしましたので」
もしかしたら、『現場検証』というやつか?
頭悪いのかもしれない、私。^^;
多重人格なのは分かるんですけど、着替えてバスルームから出てきたのは
《俺》ですか? それとも《私》?
どっちか分からなくてちょっと混乱してます…。^^;
6話を読めば分かるかも。 今日は続けて読みま~す。
わくわくです。