短編(4)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/10/31 13:04:12
着いた所はボート乗り場だった。
「携帯を切って、ボートに乗れ」
一隻七百円で、いまお財布にあるのは千と五百二十円だ。ボートは二人乗りなので二人乗りなら、七百で足りる。お小遣いの事を嘆くのは、生きて帰ってからだろう。やる気のなさそうな店員に、チケットを渡して、ボートを出してもらった。
乗るのは初めてだ。店員に分からないように、背後の男は銃を少し下に下げていた。上に布をかけてカモフラージュしている。
向かい合ってすわり、初めて背後の男のすがたを見た。
オレンジ色のパーカーをきて、フードをかぶっている。どう見ても不審者だが、当って砕けろ精神の作戦なのかもしれない。年齢は、想像とほぼ同じで、大学生くらいだった。しかし、予想したよりも、すこし幼い。
ボートが湖の中央へ行ってから、私はやっと自分から話しかけた。
「私、死ぬの?何にも知らないのに、理不尽じゃない?」
返事は無かった。これは、あれと仲間じゃないことがばれるけれど、もういいかもしれない。
「答えてくれないと、大声で助けを呼ぶから」
かなり、強気に出た。
「その前に、撃ち殺すよ」
静かな声だった。多分、脅しとかじゃないと思う。
「どうせ、最後になるんだから、今殺しても殺さなくても一緒か」
言葉の意味がつかめなかったけれど、私があいつらの仲間じゃないってことに対しての返答なのだろう。
「なんで、最後なの?」
「俺は、コレを渡すつもりがないからだ」
「よく分かんないな。ソレと心中するってことか」
「死んでも渡したくない」
パーカーの男は、銃を置いて煙草を取り出した。
隙だらけだけど、攻撃したって勝てっこない。それに、もう少し話を聴きたいともおもったのだ。
「コレを、あいつらは欲しがってるんだ。俺は要らないけど」
「いらないなら、あげちゃえばいいのにな」
煙草に火をつけて、すい始めた。煙は、すぐに空中に溶けていく。
「妹が、あげたくないって、言ってたから」
「妹がいるんだ?」
「いたんだよ」
ぷはーっと、煙を吐き出した。
「もともとは、俺の妹も、あいつらの仲間だったんだ。半ば強制的にだけど」
あいつは、高校生だったけど、本当に頭が良かったから。
「弱み握られて、仲間にされて、爆弾の開発をしてたんだ。で、途中で謀反を起こして、設計図を持って逃亡。まあ、上手くいくわけないから、始末されちゃったわけ」
淡々と喋っている口調は、妙にリアリティがあった。
「敵討ちなの?」
「そういうことだ」
ボートは、漕いでないのに進んでいく。
「パーカーのポケット、何か入ってるね」
さっきから、妙に気にしているそれを、私は指摘した。
「爆弾だ」
その言葉を聴いた瞬間、私は銃を取り出した。もうすでに、安全装置は外してある。弾は、とっくにこめた。撃鉄を起こし、引き金を引いた。
パン、パンとうすっぺらい音がした。
こんなもんだ。もっと重い音が私はしてほしいと願う。
倒れていくオレンジ色の男を、腕を引っ張りなんとか持ちこたえさせる。それから、ゆっくりボートに寝かせた。
男の持っていた銃を触る。本物だったけれど、弾は入っていなかった。ついでだから、もらってしまう事にした。
パーカーをきて、妹の敵討ちに立ち上がった男は、もうすでに息絶えていた。弾は、丁度あたまを貫通している。ピンク色で少し古く見える彼の妹の携帯を、その手に握らせた。
「こんなことに、正義も何も無いでしょうに」
私の一族は殺し屋だ。法で裁けない悪に、天誅を下すのが主な仕事だ。
こいつが悪なのかどうかは、私には分からない。正義や悪というのは、見る人によってがらりと変わるのだから。
ただ、今日を生き抜く事に精一杯で、新しい明日を迎えるために、切り捨てていく昨日があるだけなのだ。新と旧。たった一ミリの差しかなくても、優先順位をつけるのはずいぶんと楽になるだろう。
すぐに、さっきの組織の誰かが、助けに来ると思う。私はそれまで、ここで死体とボートのうえだ。
パーカーのポケットをあさると、何かが手に当った。
それは、高校生くらいの、女の子の写真だった。
「こんなものは、爆発しませんよ」
半分に裂いてから、湖に捨てた。