Nicotto Town


としさんの日記


「山男とサーファー」19


なるほど、そう云われてみれば、だんだんと暖かくなってきた。汗をかくほど暑いとは思われないが、あいつの云う通り暖かい。

 「さあ、ニック、そろそろワックスをかけるぜ」
 俺はお守りを取り出す。あいつのボードの破片。確かにここにある。すると、あの三本のうちの一本はなんなのだ。確かにヘシ折れたあいつのボードが、砂地に突き立っている。

 「お前にはまだ無理だろう。あの頂きが見えるか?展望台だ。ポールも見えるか?頑丈なポールだよ。あそこで体にロープを巻きつけて、見ていてくれ。百㍍はあるビッグウエーブだ。俺とニックはやるぜ」
 「百㍍か、まるで津波だな」

 俺は事の重大さに気がついていない。
 俺は口笛を吹きながら、展望台に向かって、カチャカチャとアイゼンを着けたまま階段を昇っていく。
 まさにマリンブルー。
 生き物は俺たち以外にいないと思ったが、イルカの群れが水中から跳ね上がっている。まるで訓練されたように、上手に空中で回転する。
 頭上には、トビではなく、大鷲が舞っている。

 「なんだいるじゃないか」
 俺は少しほっとした。
 やがて俺は展望台に着く。周囲を見回すと、どこまでも海、海。本当にここがハワイなのか。
 展望台のポールの横に石碑があり、何か文字が彫られている。俺は近づいて文字を読んでみる。

 『ジルバーザッテル』

 ナンガの(銀の鞍部)の意味だ。
 「おいおい、冗談きついぜ」
 俺は不自然に置かれてあるザイルを手に取り、ポールに体をそのザイルで縛りつけはじめる。直径二㍍はあると思われる太いポールだった。見上げると先端は、俺の頭上だけにある雲の中に、スッポリと隠れている。いったいどれほどの長さなんだ。
 やがて、少し太陽は傾きはじめる。
 方位が少し分かりかけた時、西と思われる方角に、黒い糸のようなものが、水平線に浮かびあがる。それは少しづつではあるが、やがてだんだんと太い糸に変わっていく。
 「来たか」
 俺は余裕で、あいつの姿を追う。ニックと二人で、珊瑚礁のはずれから、海中に入った。
 引いていく波に二人はボードに乗って、みるまに小さくなっていく。
 沖の黒い糸は、ますます太くなっていく。それと共に、徐々に風が吹きだして微風から強い風へと変わっていく。

 二人は気持ち良さそうに、パドリングを行なって、沖へ沖へと流されていく。裸眼では二人を捉えられなくなっていた。
 「ハワイにこんな島があったなんて・・・」と俺が呟いた時に、突如として、ドーンという音と共に大波が襲ってきた。
 予想もしていなかった第一波。ずぶ濡れになるが、ビッグウエーブはまだ遥か水平線の彼方で、黒から白い波に変わり、白い波が盛り上がっていく。
 あれがビッグウエーブか。俺もあれに乗らなければならない。
 俺は無我夢中で、サバイバルナイフでザイルを切る。そして、砂浜に残されていたサーフボードに向かって、展望台から駆け降りていった。カチャカチャとアイゼンの音も、走りにくさも、気にならなかった。

 幸いにして、ボードは第一波にもびくともせず、砂地にそそり立っている。
 俺はボードを引き抜くと、なぜかピッケルを握り締め、アイゼンを着けたまま、ボードを掴んで珊瑚礁の上を走る。いや、歩くといった方が正しかった。アイゼンの爪はしっかりと珊瑚礁に食い込んで、安定感を生んでくれる。そして、引き潮はますます陸地を広げて、とり残された魚が、ピチピチと珊瑚礁の上で跳ねている。
 ようやく海にたどりついた俺は、ピッケルを握り締めたまま、パドリングを行なっていた。
 ビッグウエーブは、しだいにその正体を現わしていく。俺は引き潮に逆らわず、巨大な白い壁に向かって進む。

 『さあ、いつテイクオフするのだ』
 それともプッシングスルーか、ローリングスルーか、ドルフィンスルーでもよし。
 波を突き抜けて越えるか。
 『やるんなら、チューブライディングだ』
 ビッグウエーブが巻き込む波の中を、トップからボトムまで、すさまじい勢いで滑り抜けてやる。
 『さあ来い』
 巨大な壁は目前にまで迫っていた。




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