Nicotto Town


としさんの日記


「山男とサーファー」3



 一、                                                                 それから一年後、俺はついにヒマラヤへやってきた。かねてから計画をすすめていたナンガ・パルバットへの挑戦であった。みごとなまでに荘厳なそいつが、俺の眼前に立ちはだかっている。俺は体の震えを止めることができなかった。                                                                                                                                                                                                          標高八一二五メートル。エベレスト、K2、カンチェンジュンガ、ローツエ、マカルー、ダウラギリ、チョオユー、マナスル、そしてナンガ・パルバット。世界で9番目に高い山だ。こいつより他に八座もの高峰がある。しかし俺はこいつを選んだ。高さが何番目だとか処女峰でないとかは問題ではない。ましてこの地上に、人跡未踏の処女峰などは存在しない。いずれかの国の遠征隊が征服しつくしてしまったからだ。理由はただ一つ、こいつが、俺の今まで捜し求めていた山だったからだ。                                                                                                                         いったい何十人のアルピニストが、この山に挑戦して敗れ去ったのだろうか。かって、これほど多くの山男の魂をのみこんだ山を、俺は知らない。美しきゆえに、無類の魔性の牙を秘めている山、それが、俺の追い求めてきた山だった。ナンガ・パルバットは、まさに俺にとってうってつけの山だった。                                                                                                                                                                     ナンガ・パルバットの裾野に広がる、氷河の末端の放牧場から、俺は威容を誇るこいつに見入っていた。体の震えはいつしか止まっていた。雲一つない碧空を背景に、威風堂々と、圧倒的な威圧感を持って聳え立つナンガ・パルバットが、俺には巨大な棺桶に思えた。                                                                                                                 今回の俺の愚挙に賛同しないまでも、遥かカシミール・ヒマラヤまで同行してくれた友人のT医師が、俺の肩をたたいた。覚悟はついた。もう後戻りはできない。エベレストで遭難死したマロリーの言葉が、心の奥でこだまのように反響する。                                                                                                                                                                                                                                                                          「そこに山があるからさ」




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