Nicotto Town



マッチ棒


ふいに、遠い昔の記憶が浮かんでくることがある。

自分が幾つであったのか、曖昧だけれど、拙い字が書けるくらいにはなっていた。

夕暮れ時に母が、今日は父の誕生日だと呟いた。
「帰ってきたら、おめでとうと言ってごらん。喜ぶかもよ」
わたしの顔を見て付け加えた。

面と向かって言うのは、ちょっと恥ずかしいなぁ。
何かをプレゼントしたい。
「好きものあるかなぁ?」と母に訊くと「煙草かね」と返ってきた。

煙草かぁ。そもそもお小遣いなど貰ったことがない。
買うお金など無いのが当り前。

煙草だと火を点けるのにマッチがいるね。
マッチ箱を持ってきた。
そうだ。マッチ棒に何かをしよう。

赤いマッチの先を顔に見たて、笑っている目を書いた。^^
スマイルマーク。口もにっこりとさせた。
軸には、おめでとう。書きにくいけど、なんとかなった。

書きだすと面白くて夢中になった。
やがて、小さな箱の中は赤い笑顔で溢れかえる。
おめでとうもいっぱいになった。

ちょこんとマッチ箱をちゃぶ台の真ん中に置いた。

早く帰ってくるといいな。
おとうちゃん。
でも、やっぱり照れくさい。
寝る時間になっていたのを幸いに、こそこそと寝床にもぐりこんで
布団をかぶって丸まった。

ドキドキした。
父が帰ってきた気配があった。
母が何かを言っている。

布団がめくられた。
わたしは膝を抱えて、眩しそうに見上げる。
「あのマッチ、手毬が書いたんか…」
目をぱちくりして、頷く。

いつものように飲んできた赤ら顔の父は
口をへの字にして怒ったような表情をした。
瞳がうっすら潤んでいる。

そこで、ぷっつりと記憶の糸は切れる。

おねしょもしないわたしは、手のかからない子どもであったと
母が振り返って言う。

父が頭を撫でてくれたことも、ぎゅっと抱きしめてくれたことも
褒めてくれたこともなかった。

求めていた訳ではない。
ただ、改めて思い出すと、なかったことに
愕然としたのは確かだ。

母を殴る時、
罵声を浴びせる時
生きる辛さの愚痴を言い募る時
父の顔は口をへの字に曲げて、目を見開いて
泣いているようにすら見えたではないか。

怒る時も泣く時も、喜びすら
同じ表情をする人だったんだと
気付いたのは
父が死んで、数年経ってからのことだ。

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2010/08/03 15:22
西の魔女さん★コメントありがとうございます。

人は生きている限り、すべてを手に入れることはできません。
みんな、どこか欠けてまま、やるせない想いを抱えている
仕方がないというより、愛おしいと感じるようになれる
時の作用かもしれませんね。
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2010/08/03 11:48
小さな手、小さな心・・・
愛しくないはずはありません。

愛はあっても、表現する術を持たなかったのでしょう・・・
不器用であることを許せる度量というのは難しい。
時の力を借りることができて幸いですよねぇ。
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2010/07/30 22:48
ルルさん★コメントありがとうございます。

うんうん^^嬉しかったのは、よく分かったの。
これを言っちゃうと、ルルちゃんよりは少しばかり?年上なのがバレちゃいますが^^;
(それでも手毬ちゃんと呼んでね(厚かましいけど)^^;;

わたしは父の晩年、いわば人生がたそがれてから登場した子どもなんです。
父は若くして戦争に行き、全滅した部隊の生き残りだったそうです。
昔の長男で甘やかされて育った人に、軍隊や戦争はどれだけ過酷であったでしょうか。

本当に小さかったわたしには話したことがありません。
年齢の開きも孫くらいあったから、わたしがいくら考えても追いつきもしません。

父だけではなく、あの時代の人すべてに、何がしかの傷があったのでしょうね。

戦争のトラウマだけでなく、本人の気質の問題もあったのでしょう。
いろんなことが複合的にありました。
とっても深いところがあるんです。
時代の闇、わたしたちには受け継がれなかった痛み、教育のせいもあるんでしょうね。
なんて遠い話だろう。自分の中で驚愕したんです。

すべて今になって思う事です。
当時はどうしようもなかった。別れた選択はやはり、間違いではなかった。今もそう思うの。
わたしたちの人生を、父は破壊したと、やっぱり思うから。

父の死後、半年後、精神的に苦しみ始め、母の交通事故、裁判、自分の入院等を経て
自分の痛みの原因を辿り、ようやく終息しつつあるんです。

だからこそ、こんなことも書けるようになりました^^
本当に辛い時期は、絶対に無理だからね。

あとは、時代の闇の部分を、一度はしっかりと見つめないといけない
そう思っているんです。
しんどい時は休んだりして、まぁ、一歩一歩^^

苦しい時も疲れる時もあるけれど、
それが出来る状況にある、贅沢を戴いているだと思うの。

現実が切迫していれば、キャパの小さい人間なので無理だから^^;

ルルちゃんも、困難な状況がいっぱいある。
でも最善を尽くしたいと思う心がある。
奇妙に明るく^^;ちょっと似てるんだワ。

一番は、お互いにしんどくなったら、休もう、なのね。

映画の部分も分かってくれたかな^^;




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2010/07/30 21:16
お父様、嬉しかったと思う(。◠‿◠。)
当時のお父様は、現実で辛いことが多かったんだね。
生きていると、払っても払っても火の粉が落ちてくる時がある。
傍から見ると、そんなことと思うことも、当人になると選択に迷い
いつまでも出口を見つけられず辛い事があるから。

きっと手毬ちゃんのプレゼントは、お父様の辛い心をあたたかく包んだと思います。
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2010/07/29 22:13
歌穂さん★コメントありがとうございます。

幼心に父が嬉しかったことは、ちゃんと分かったんです。
でも、それを後にまで強く残るアクションは、なかったんですね。

鶏か卵か、みたいになってしまいますが
あの時何かあれば、やっぱり変わった事はあったかもしれません。

小さい子に、大人がちゃんと分かるように、表現して伝える。
とっても大事なことだと思うんです。
まっさらな柔らかい心に、愛される、愛することの喜びが
深く沁み込んで、生きていく力を与えてくれることでしょう。

人を育てることの難しさを思います。

大人になってから、分かることはたくさんあります。
大抵は、どうしようもないな、って事ばかりになってしまいます。
それが人生の味わいであるのかもしれませんが。。
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2010/07/29 19:12
チョーコさん★コメントありがとうございます。

父との良い思い出少ないので
ありがたいですね^^
良い思い出の方を語りにくいというのが
人の心のややこしいところですね。


アッシュさん★コメントありがとうございます。

なんだかね、アッシュさんともニコでの長いお付き合いになったなぁと
しみじみ思っちゃうんです。

いつか被ってくれるようになるといいですね。
叶わなくても、きっと、喜んでおられると思いますヨ。

ハンチング、きっとおしゃれなお父さまだあられるのですね^^


アキさん★コメントありがとうございます。

健気で賢い子どもだったんだなぁと、自分の幼い頃を振り返れば
思ったりもします。今の自分とは乖離状態か^^;;
長ずるに従って、だんだんヒネモード化していくわけですがww

歳を重ねなければ見えない物があるって
本当だなぁと思ってみます。

ちっちゃい頃、物凄い人みしりで、懐かない子でした。
アキちゃんが突進してきたら、殺気を感じていち早く逃げたかなぁww
スキンシップが苦手な子どもでもあったようです。


KINACOさん★コメントありがとうございます。

不思議ですね。
鮮烈だと思っていた厭な部分を、セピア色になった写真みたいに
薄めてくれる効果がある。傷は残るけど、いつか、まぁ、いいか、みたいになっていく。

理解する、分かるっていうのは
自分がこれまた、ままならない人間であったのかという証明でもあってww

人の哀しさを愛でる心、ある程度の年齢にならないと会得できないものの
一つでありましょうか。
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2010/07/29 13:26
寝ている子を起こすほど、うれしかったんだと思いますよ。
とても不器用なお父様なんですね。
子どもにとっては、わかり辛かったと思います。
わかったときには他界されてしまってるとは、せつないですね。
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2010/07/29 10:55
年月というのは、不思議です。
理解をくれるものであったり、許しを教えるものであったり。
年をとるのは、いやなことではないと思うのは、きっとそれなのかなぁ。。。
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2010/07/29 09:13
なんか泣けてきたー(ノД`)・゜・。

ちょっと前のブログにあった「赦す」と「諦める」の違いって、こういうことですよねえ。
どちらも表面上は穏やかにニコニコして、同じ行動をしてるとしても
見えているものが、まるで違うというかなんというか・・・。

↑というゴタクは抜きにして、思わず「もー!もー!もー!」という謎の絶叫をしつつ
涙を流しながら「手毬ちゃん」をなでくりまわしたい気持ちになってしまいましたww
そんなことしたら、幼女のトラウマになることうけあいです。(´Д`;)
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2010/07/29 00:46
父へ誕生日のプレゼントって、独身の時はあげた事ないですね。
今はもうあげてないしw
年に一度、父の日にだけ、ささやかな何かを贈っています。
今年は、夏用のハウンドトゥース柄のハンチング。
それを被ってでかける日は、いつのことやら。
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2010/07/28 23:09
お父様とのいい思い出があって 
よかった うれしいです
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2010/07/28 21:10
ハレルヤさん★コメントありがとうございます。

あらら。。。
ちょっと思うところがあったのね。。

上手くいかなかった親子関係は、痛みが去ったあと、
ちょっとした温かい記憶が、底から顔を出してきますね。

きっと愛はあったのよ。
ただね、一番ではなかっただけで。その時はね。

ひとを愛するって難しい。
その時、自分は一番愛していても、
一番を相手に望んではいけない。
最愛に執着した時から、苦しみが始まるのかもしれません。

誰かの中に見つける愛より
自分の中に見つけた愛は、いつだって隣にいてくれます。

ハレちゃんの心がいつか癒されますように。


マーメイドさん★コメントありがとうございます。

きっとあの時は嬉しかったんだろうと思いますヨ^^
本当に小さな頃の記憶でした。

それを忘れさすほど、厭な事が覆いかぶさっていたんです。
でも、時間がゆっくりとぼやけさせて
綺麗なものを見せてくれるようです。


カルカンさん★コメントありがとうございます。

ほら、父は溺愛されて育ったお坊ちゃん、暴君でしたから
相手がどうすれば喜ぶなんて思わずに育ってきたようです。
本来は気の弱い、不器用なひとであったのでしょうね^^
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2010/07/28 19:37
うれしさも哀しさも
表現するが下手だった
のかもしれないですね(。。)
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2010/07/28 18:19
だけど お父様はきっと 嬉しさをかみしめていたに違いない・・。
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2010/07/28 17:18
。・゚・(*ノД`*)・゚・。
こんなのでごまかすしかないくらい響くわー

前回といい今回といいきっちりコメントが返せません。
泣くから。




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