父へ捧ぐ
- カテゴリ:日記
- 2010/07/16 20:12:51
今年も抜けるような青い空を
見上げることができた。
企業戦士だった父と
高校卒業まで、がっつり話し合った
ことはなかった気がする。
私は物分りのいい優等生を演じ続けた
進学で家を出た私は、長期間
実家ですごすことはなくなった。
父と真正面から向き合ったのは
あの夏、私の嫁ぎ先の近くに入院したとき
だった。
看護婦さんに盗み食いを見つかって
二度と間食しなくなった父。
数時間かかる実家に帰ったばかりの
母を呼び戻せと食って掛かった父。
そんな子供みたいな父との時間は初めて
でそして最期だった。
たった3ヶ月、病室から見えた夏の抜ける
ような青い空は今年もあの時間に私を
運んでいく。
病状にもかかわらず、ぎりぎりまで元気で、
自宅で過ごすと言い張って去年の夏に退院し、と同時に同居してからは、毎日のように、お昼やおやつを食べに出掛けました。
今年の蝉の声は、少し寂しく聞こえます。
私は幸い両親がまだ健在でありがたいです。
親を冷静に見送れるかどうか・・・自信がありません。
おかしいかもしれないけど、
アホな長女としては・・・・・
親より先に行きたいと思うことがあります。
ぼうぼうさんは、もう何度もこの夏の日を迎えているのですね。
子として親の最期を看取ることができた、
それは何よりも親孝行だったんだと、親しい人からそう言われました。
その時はあまり実感できなかったのですが
今は徐々にその意味が分かるような気がします。
今年は初めてのお盆です。
時の経つのは早いものです・・・
・・・入院先が近くの病院だったのは、きっと何らかの力が働いたのではと思えてなりません。
正直、私はもういい年の大人なので、しっかり父を見送る立場だし
そうなれたことはよかったと思うです。
ただ、私はあまりにも父との関わりが薄かった。
最期の入院が私の近くだったことは、運命だったとみんなにいわれます^^。
ぼうぼうさんが(失礼だけど)まだまだ子供のうちに逝っちゃったお父様が悪い、いや、淋しいのか。ぼうぼうさんはまだ生きてるから、お父様を記憶で再生できる、それは淋しくないもんね。
なんだか、受験のときのお話も思い出して、ホロリとしてしまいました。
私もそうなるのかな…
まだ、この時期は想いが交錯します。。。
また夏が来ます。