■近代文藝之研究｜研究｜囚はれたる文藝　第十四(５)

されども斯くの如き感情の下に潜める知識は、到底永く無言にして已むべくもあらず。或る場合には、日常道徳の聲となつて善惡の批議を試み、或る場合には科學の聲となつて、眞僞の判斷を下すならん。哲理的文藝は則ち之れを導いて、理趣そのまゝを情の衣に包みたり、味ある文藝の一方式たり。神秘的、標象的文藝はまた、此の知識の明りを閉ぢ去つて、感情の暗所空所に美の神を安置せんとせり。之れも風情ある文藝の一方式たるを失はず。去りながら、此等のもの單に此に止まらば、美の最上座は尚ほ一扉の奧にあるべし。我等が眞に大なる文藝に於いて味ふ最後の者は、言ひ難き一種の妙機なり。我れ之れを何とか説かん。譬へば讀下に、觀底に、鏗然戞然として音を成すが如き機微あるなり。魂魄愕くの境あるなり。



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＊註１：されども斯くの
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

＊註２：感情・情の衣・風情
「情」の正字体。「月」は「円」。

＊註３：知識
「識」の正字体。
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＊註４：道徳
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「徳」の旧字体。「心」の上に「一」が入る。
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＊註５：判斷
「判」の旧字体。
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＊註６：文藝
「文」の旧字体。
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＊註７：導いて
「導」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

＊註８：包み
「包」の旧字体。「己」が「巳」。

＊註９：神秘・美の神
「神」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。

＊註10：標象的文藝
原本では「標現的文藝」とあったが誤植と思われるので改めた。

＊註11：暗所空所
「暗」の正字体。
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「空」の旧字体。
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「所」の旧字体。
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＊註12：尚ほ
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

＊註13：一扉
「扉」の旧字体。
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＊註14：最後の者
「者」の正字体。
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＊註15：言ひ難き
「難」の旧字体。
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＊註16：説かん
「説」の旧字体。旁は「兌」。

＊註17：音を成す
「音」の正字体。
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＊註18：愕くの境
「境」の正字体。
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
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■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月（滝太郎）著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1