■近代文藝之研究|研究|囚はれたる文藝(22)
- カテゴリ:その他
- 2010/05/20 00:01:17
■近代文藝之研究|研究|囚はれたる文藝 第五(2)
ベアトリチェの父が春の宴には、我が父も列なれり。我れは父の跡につゞきて、奧なる客室に導かれしが、此の時客は既に半ばをも越えたりと覺ぼしく、歡聲笑語湧き立ちて、窓の前に相對するもの、隅なる安樂椅子に身を横たふるもの、卓を圍みて座するもの、立つて室内を歩むもの、女、男、黄に赤に緑に色彩の耀かしさは目もまばゆきばかり。暫くありて、再び裳の戸に觸るゝ音ありと見れば、母と共に入り來たりたるベアトリチェの立姿、氣高くも美しかりし面影よ。
天降りたる星かと見えて、今立てるは水色窓掛の前なり。衣裳は抑へ薄めたる眞紅の色にして、帶、胸、頸の飾りは、天つ乙女が集めたる珠のかず/\、塵の世の人品としも思はれず。
少女は默してにこやかに我が會釋を受けしまゝ、はにかめる我が姿をつく/″\と見ぬ。我れも一たびは其の眼を見たり。されど其はたゞ刹那にして、長くは見るに堪へざりし。長くは見得ざりしかども、此の一瞥こそは、我れに永久の神秘となりて殘りたれ。深くも濳める我が靈は、此の時全身に動悸を傳へて打ち震ふと覺えしが、之れより永く其の身を愛に捧げたり。
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*註1:ベアトリチェの父が
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
*註2:導かれ
「導」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註3:既に
「既」の正字体。「白」+「ヒ」+「旡」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sudeni.jpg
*註4:半ば
「半」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han.jpg
*註5:室内
「内」の旧字体。「冂(=エンガマエ)」+「入」。
*註6:黄に赤に緑に
「黄」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ou_ki.jpg
「緑」の旧字体。旁が「碌」の旁と同じ。
*註7:裳の戸
「戸」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ko_to.jpg
*註8:觸るゝ音
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg
*註9:立姿・我が姿
「姿」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shi_sugata.jpg
*註10:窓掛の前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg
*註11:飾り
「飾」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syoku.jpg
*註12:珠のかず/\
踊り字・くの字点「/\」は原本では濁点付きの「/″\」となっていが、改めた。
*註13:堪へざりし
原本では「堪えざりし」となっていたが、改めた。
*註14:一瞥
「瞥」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/betsu_miru.jpg
*註15:神秘
「神」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。
*註16:全身
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1