■近代文藝之研究｜研究｜近代批評の意義　(32)

之れに反して人間の眞理は無限の階級を追うて發展する。文明の程度と相應じて變ずるを厭はぬ。相對的である。さりながら獨り此の眞理が文藝に入る時は、最後最上のものとなつて、しばらく絶對の相を着けなくてはならぬ。左なくば眞理は遂に絶対性の姉妹たる快樂と安全に巡り合ふことは出來ぬであらう。たゞ其の最後最上たり絶對たるの假相が所詮人間のものであるため、時と共に、人と共に、種々として動搖するをば免れず。即ち美の此の方面に於いて對比を許し評價を許す所以である。
重ねていふ、文藝の絶對的快樂と人間最後の眞理とは、何れの日か相抱和して不滅の淨光に此の世を包むであらうか。(明治三十九年六月)



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＊註１：之れに反して
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

＊註２：階級を追うて
「追」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

＊註３：文明・文藝
「文」の旧字体。
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＊註４：程度
「程」の旧字体。
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＊註５：絶對の相・絶對性・絶對たる
「絶」の正字体。旁の「色」が「刀」＋「巴」。
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＊註７：遂に
「遂」の旧字体。
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＊註８：安全に
「全」の正字体。
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＊註９：巡り合ふ
「巡」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

＊註10：所詮・所以
「所」の旧字体。
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＊註11：免れず
「免」の正字体。
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＊註12：評價
「評」の旧字体。
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＊註13：相抱和して
「抱」の旧字体。
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＊註14：此の世を包む
「包」の旧字体。「己」が「巳」。
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＊註15：明治三十九年六月
1906年、抱月35歳の時の書である。この年は、以下のような出来事があった。
【政治・経済】堺利彦(35歳)ら日本社会党結成／韓国統監府開庁／鉄道国有法・京釜鉄道買収法各公布／南満州鉄道株式会社に関する勅令公布／英米、満州門戸開放要求
【社会・文化】坪内逍遥(47歳)ら文芸協会設立／島崎藤村(34歳)『破戒』／夏目漱石(39歳)『坊ちゃん』／北一輝(23歳)『国体及び純正社会主義』／久津見蕨村(46歳)『無政府主義』
【世界】英戦艦ドレッドノート進水／朝鮮で抗日の義兵各地で蜂起
前年には、日露戦争の講和条約が締結され、ロシアでは「血の日曜日」の第１次革命が起こっている。
抱月の私的なことでは、前年に実父・佐々山一平を焼死(59歳)で亡くし、前々年には養父・嶋村文耕(50歳)を亡くしている。また、逍遥の文芸協会は、抱月が主要メンバー。『早稲田文学』も抱月が編集を主導し、健筆を奮う。

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