【卒業祝い】(4)‐終
- カテゴリ:自作小説
- 2010/03/26 14:03:02
『包装紙』に使われている反故と見比べると、どうやらこちらは下書きらしい。さんざん文章を直した跡が、びっしりだ。
「……詩?」
それにしても、推敲を重ねるたびに意図が解り難くなるくって…
「…というか、恋文のようだな」
肩越しに声がした。
「あまりにも判り難すぎるが」
「…やっぱり、そう見えますか?」
振り返りたいけれど、振り返れずにいると、肩越しに手が伸びてきて、机の上の紙を取り上げた。
「これは、廃棄だな。持ち主が判ろうが判るまいが」
「あ…」
手を追いかけて、思わず振り返ってしまう。すぐ後ろに、彼が立っている。後退ろうにも、後ろは机だ。
「どうかしたか?」
「……いえ、ちょっともったいないな、と思って」
下手な文章だけど、あんなに丁寧につづられているのに。
「どうしてだ?持ち主に返す訳にもいかないし、元通り机に戻しとくのも悪いだろう?出しそびれた恋文なんか」
「…そう、ですね」
他人の、叶わなかった(であろう)恋の残滓なんかが、自分の使っている机から発見されたら、あまりいい気分にはならないだろう。
「誰の書いた物か、が判れば、あるいは利用の仕方もあるかもしれないがな。…例えば、これを基に脅しをかける、とか」
「……将来国王になろうとする方が」
「だからこそ、だ。国王だの王太子だのっていうのは、案外敵が多いんだぞ?いつも忠実で頼りになるしもべが傍にいるそなたが、時々うらやましくなる」
その、『忠実で頼りになるしもべ』って…
「…ちびちゃんの事、ですか?」
「他に何がいる?」
「私はあれを、しもべだなどとは思っていませんが」
「その割には、使い走りなどさせているではないか?」
「それは…」
親しい子どもにお使いを頼むようなもので、と言いかけて、この人の立場では、そういう感覚は解らないかもしれない、と思い直す。
「…そうかもしれません。あるいは、殿下のおっしゃる「しもべ」と、私が考える「しもべ」は、少し意味が違うのかも」
「『殿下』とは呼ぶな、と言っただろう?」溜め息を一つついて、私の顔を上向かせる。
「それとも、どうしても名を呼びたくない、とでもいうのか?」
茶色の目が、私の顔を覗き込む。心臓が口から飛び出てしまいそう。
「………呼んだら、自分ひとりの物にしたくなります。私は欲が」深いので、と言い切る事はできなかった。
「今度は…逃げないのだな」
熱い息が頬にかかる。たくましい腕が、崩れそうになる膝の代わりに、私の体重を支える。
「…逃げません。ですが、指輪もいただく気はありません。…先ほども申しあげたように、私は戻って、母の後を襲わなければならないので」
「では、なぜ、ここにいる?」
「最後だから、です。明日になれば、あなたはここを去るし、私も帰る。もう、二度とお会いすることもない。だから」
両手をのばして、首を引き寄せる。
「…『金瞳』の子を作るのが、あなたにとってお役目の一つだ、というのは理解しております。でも、私は厭なんです」
堰を切ったように思いがこぼれ出てしまう。相手を傷つけてしまうかもしれない言葉も。
「そうじゃない。そなたのことは…」
相手の言葉を、自分の唇で封じる。
「私の子をあなたに差し上げることはできません。ですから、今まで拒み通してきました。……でも、ずっと、お慕い申し上げておりました。ですから、これが、私からの卒業祝いです。受け取ってもらえますか?」
返答は抱擁で来た。
「知ってるか?ゲオルギアの男は、女性からのそういう申し出は、めったに断らないんだ。…だから節操が無いとか、手が早いとか噂される」
そっとベッドを抜け出す。
足音を忍ばせて机の前まで行き、頭の片隅に引っかかっていた、「下手な詩」をもう一度見直す。
内容が解り難いが、自分の思いが相手に伝わらない事へ対する嘆きと、その相手への思いを遂げた者への恨みが書かれているように見える。
ただ、その「相手」というのが何者だか判らない。男性か、女性か、さえも。…敢えて判り難くしている節さえ、ある。
ふと、ある事を思いついて、全体を読み直してみる。
やっぱり。
これは、「恋文」ではない。
自分の思いが届かなかった「相手」と、その思いを叶えた誰かに対する恨み、は明らかにされている通りだが…その相手は「人」ではない。
魔法の気配がしなかったのも当然だ。
これは、夢破れて中途退学した者が、卒業生へ向けて放った「呪い」だ。恋文に見せかけるのと、呪文の体裁を整えるのに、ずいぶん心を砕いているようだが、うまくいっているとは言い難い。
何にせよ、これは、処分してしまった方がいい。
呪いを成就させるような魔力は感じられないけれど、気分の良いものではない。
「願ったものが自分のものにならない悔しさは、解るけど…他人を恨むのは、筋違いです」
そうつぶやいて発掘された「手紙」を、封じていた蝋ごと燃す。こんな、「負の卒業祝い」なんか。