【卒業祝い】(2)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/03/23 00:00:35
「この、指輪は…?」
「『妃の指輪』と呼ばれている」
「それは、確かに私が受け取るべきものではありませんね。…ですが、なぜそんな御大層な物がここに?」
妃に贈るものならば、王宮に保管されているはずなのでは?
ぱくん、と軽い音を立てて、箱が閉じられる。
「……『妃』というのは、この場合、『跡継ぎを産む女』という意味でね、ゲオルギアの生まれではないのに、『金瞳』の子を産んだ女性に贈られるものなんだ。…むろん、『正妃』でない女性に贈られる場合は、素材を変えて作る、のだそうだ。…で、見本としてこれを持たされた」
そう説明する顔が苦々しげだ。
「見本…」
「…つまり、在学中にこれを贈る相手が現れる事を期待されているってわけだ。君は知らなかったみたいだけど、この指輪の事は、一部にはかなり知られてるみたいでね、はっきりと「指輪が欲しい」って迫られたこともある」
「……」
私が言葉を失っていると、
「そういう訳でね、「卒業祝いに指輪をもらった」って君が言うと、うろたえる人が出てくると思うよ。でも、こんないわくつきの指輪よりも、卒業祝いにふさわしいだろ?そっちの方が」無造作に指輪の箱を上着のポケットに入れながら、冗談めかしてそう言う。
「……もしかして、そうやって誰かをからかうために、わざわざ指輪に?」
手のひらの中も指輪を、指先でそっとなぞる。そのためだけ、というには、あまりに手の込んだ細工だが。ブローチとかペンダントヘッドなら、形はもっと自由にできる。
「…そういう事に、しておこうか」
なんだかほっとしたような顔になる。私が機嫌を損ねる、とでも思ったのだろうか?
いやな気分になる話なのは事実だけれども、頭では、この人にそういう期待をかける「彼ら」の考えは理解できる。
生理的には全く受け入れ難い考えなのだが。
「解りました。ありがたく、いただいておきます」
いたずらの共犯者、といった趣の笑みを浮かべて見せる。
「…ところで、私、お返しする物が無いんですが…帰るまでに、何か考えておきますね」
本当は、決まっているのだけど。今の様子だと、返品されてしまうかもしれない。
「なにも、物でなくてもいいのだがな」
そうつぶやいた声を、聞こえないふりで部屋を出る。
「こんばんは」
そう挨拶したら、ひどく驚かれた。昼間の時よりも、さらに輪をかけて。時刻は、門限の四半時前。走って戻れば、門限に間に合う時刻。
「……どうやって来たんだ?」
どうやら荷造りの真っ最中らしくて、机の引き出しが全部出されている。部屋の主がいなかったら、もの盗りの仕業かと思うような惨状だ。おかげで何かを踏んでしまった。壊れてはいないようだけど。
「どう、って、『転移』で、ですけど。…ところで、片付けのお手伝い、要りません?」
…と言ったところでくしゃみが出た。換気のためか、窓が全開になっているからだ。
「手伝いはありがたいが……そんな薄着では風邪をひくぞ?」
部屋の主が自分の着ていたコートを脱いで私に着せかけてくれる。―彼は窓を全開にした室内でコートを着て作業をしていたのだった。
「それに、掃除をしに来た訳ではなかろう?わざわざこんな時間に」
コートごと抱きしめられる。心臓がぎゅっとしめつけられるようだ。
「こんな恰好で」
頬に服越しの体温を感じる。そう意識してしまうと、膝から力が抜けてしまう。だから、ひとつ息をついて呼吸を整える。
「私の格好はともかく、この部屋は何とかしないと」
こんなにきつく抱きしめられながら言うセリフではない。それは解ってる。でも。
「…いったい、こんな時間に何してたんです?」
う、とくぐもった声が体越しに聞こえる。
「……家具の類は、残していかなければならないのを、思い出したので、中身を出していたんだが…引き出しの裏に何かが落ちていて」
ばつの悪そうな声音でそう説明する。だけど、意識をしっかり保っておかないと、抱きしめられている、という事実で頭がくらくらする。音の半分は、体から直接伝わってくるし。
「…で、この状態ですか。それで、その「何か」は取り出せたんですか?」
精一杯虚勢を張る。私がここに来た目的は気付かれているだろうけど、この部屋のこの状態は見過ごせない。
「いや…他にも色々落ちてて…」
「では、机の方は私が担当しますので、殿下はそっちの…引き出しの方を片付けてください」
努めて強い調子で言う。…でないと、ずっとこの腕の中にいたい、と思ってしまいそうで。
「それでは、君が埃まみれになってしまう」
「私の方が体が小さいんですから、狭いとこに潜り込むのは、私の方が適しています。…違いますか?」
頭の上で深い溜め息が聞こえた。
「…やっぱり、指輪を渡したくなるな、君には」
そして、ゆっくり腕を解き、体を離す。
ほっと息をつくと、不意に顔がすくい上げられ、大きな顔が近づいてくる。かすめるように唇が触れる。