Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(158)

 『森』と『庭園』との間には、隠された通路がある。
 正確にいえば、通路につながっているのはその二か所だけではない、らしい。だから、不案内な者が足を踏み入れるととんでもない場所に出る、という。迷ってしまった者はそれっきりになるので、真偽のほどは定かではないが。
 とはいえ、何度も同じ場所の往復を繰り返しているうちに、くせがついたのか、今では足を踏み入れるだけで目的地まで運ばれる。便利だ。いつかその反動が来なければいいが。
 (アレク)
 通路を出るとクリスが手を振っているのが目に入る。透けているので精神体だと判る。
 「…こんな時に離れてていいのか?」
 (……だって、待ち遠しくて。体の方はまだ来られないもの。今だったら、離れてたって、きっと眠ってるものと思われるよ。丸二日もかかったんだから)
 畳みかけるように言いながら、半透明の姿がまとわりついてくる。この姿では、抱きしめる事も挨拶のキスを交わす事もできない。
 「そんなに大変だったなら、呼べばいいのに」
 (役に立つというなら呼んだろうけど。おばあちゃんの話では、こういう時、枕以上に役に立つ男なんていないっていうから)
 枕以下とは、ひどい言われようだ。
 「…まあいい。うちの方だろう?」
 ひとつ肩を竦め、クリスの居所を確認して歩き出す。と、クリスが肩に腕を絡めてしがみついてくる。
 「やっぱり疲れてるんだろう?体の方に戻って待ってた方が…」
 (やだ。重さがある訳じゃないんだから、いいじゃない。…待ってるより、一緒にいる方がいい)
 やれやれ。……彼女がこういうかわいらしいわがままを言うようになったのは、いつからだったろう?
 「…だったら、背中にぶら下がるんじゃなくて、顔が見えるようにしてくれないかな」
 (……実体見てもがっかりしない、って約束してくれる?)
 「する訳ないだろう。……それとも、ちょっと見ない間に、そんなに面変わりするような事があった?」
 (本当に?)
 重ねて訊いてくる。念を押さなきゃならないほどの変化があったんだろうか?
 「…多少驚くかもしれないけど、がっかりなんてしない。約束する。」
 すると背中にぶら下がったまま、上半身だけ乗り出して顔をこちらに向ける。コドモか?それとも「ポチ」の真似か?
 「……ああもう、好きにしろ」
 何を言っても、だって実体じゃないんだから、って言い返されそうだ。

 「…確かに、『金瞳』だね。でも、どうして今頃になって?」
 クリストファーの顔から手を離したクリスが苛立たしげに言った。
 「そんなの、こっちが訊きたい」
 答えるクリストファーの方も、ちょっと迷惑そうだ。
 「…でも、「力」が引き出せるほど強い結びつきじゃなさそう。…どうして……」
 しばらく考え込んだ後、クリスが口を開く。
 「他にこういう報告来てない?旧『大公』家から」
 結局、全ての『旧王族』を調べ上げる事はできなかった。よその国へ移動してしまった血統もあったので。だが、それでもその日のうちに十数人の報告が上がってきた。
 「あの馬鹿龍、広く薄く餌を摂る方針に替えたやがったのか」
 未だ目覚めぬクレメンス大公の離れへ行く途中で、久しぶりにクリスの『馬鹿龍』を聞いた。
 「餌、って…」
 「私の方は約束を守ってもらったみたいだけど、そのせいで大勢に迷惑がかかるようでは困る。だから、何としても「眠れる王子」には起きてもらわないと」
 クリスの胸には、未だ『金瞳』があるが、そのまぶたは閉じられている。
 「でも、どうやって起こす気だ?」
 「今までの『活動低下状態』ではないんでしょ?だったら、普通に「たたき起せ」ばいい」
 実際に手を出した訳ではないが、かなり荒っぽくクレメンス大公を起こしたクリスは、寝起きでまだ状況が良く呑みこめていない大公に、『龍』との契約の解除と再契約を迫った。
 「貴女の言いたい事は、解りました。でも、少し考える時間をください」
 クレメンス大公はそう言って返答を保留し、……そして現在も保留したままだ。

 通い慣れてしまった道を通ってクリスの家まで行く。暑くもなく、寒くもない、外を歩くにはいい季節だ。淡いピンクや黄色の花が、足元や頭上を彩る。
 この時間帯、「村」の子どもたちが前庭でたむろしている事が多く、今日も案の定だった。
 「こんにちは。…いる?」
 子どもの姿が見えた途端、クリスが姿を消したので、敢えて訊ねてみる。
 「そのはずだけど、会えるかどうか判らない」
 子どもたちが口々に返す返事を要約すると、だいたいそんなところだ。礼を言って屋内に入る。

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