【龍】‐5(「契約の龍」SIDE-C)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/02/26 00:47:35
「…そういえば、そなたも何やら要望がある、とか言うておったな。何だったかの?」
そういえば、って……「背の君」の事しか頭にないのか?
「私と、私に連なるであろう者たちから、手を引いていただきたい、と」
「…そういう意味であったかの?手を離す、とは」
……ちゃんと覚えてるじゃないか。
「ええ、そういう意味です」
「じゃがの、妾にはその手立てがわからぬ」
「……わからない?なぜ?」
「そもそも、「人に憑く」という道を示したのが背の君だったからの。その時、解除の仕方も教わったが……うろ覚えだったせいか、そもそも憑く時に何か間違えたのか、失敗してしもうて」
「……うろ覚え、って…失敗、って……」
では、あのユーサーの亡骸のありさまは……意図的に、ではなくて、失敗した結果だったのか?
「あの…通常のやり方ならば、私が存じ上げておりますが……今一度、試してごらんになる、というのは…いかがでしょう?」
「そなたの知っている方法で、うまくいく、という保証は?」
「…正直なところ……先ほどの話を伺って、かなり自信が無くなりました。…ですが、何の成果も持ち帰らずに戻る訳にはいきません。…少なくとも、「過剰なつまみ食い」をやめていただくか、私につながる道を放棄していただくか…何らかの形で、わたし自身の身の安全を担保していただかないと、帰れません」
「…ずいぶんと虫の良い願い事のように聞こえるがの」
虫がいいどころか、自分勝手と言われても仕方がない。
「そう聞こえるのは承知の上です。むろん、対価となりうる情報は持ち合わせていますが……有効かどうかは判りませんので、できれば高く売りつけたい、と」
女が呆れたようにこちらを見る。
「狡猾なのか正直なのか判らぬな、そなたは」
「狡猾だなどとは心外な。私は真っ正直なつもりですのに」
「自分の意思で言葉を操るものに正直なものなどおらぬよ。…人の子に限らずな」
女が低い声でつぶやく。それは、自分が正直でない、という意味か、他の…存在に騙られた経験でもあったのか。
「まあ良いわ。で、そなたが対価として差し出そうという情報は何じゃ?」
「ひとつは、先ほど申し上げた、あなたを私たちの守護の任から解く方法です。もう一つは……」
「そなた自身、うまくいくかどうか判らぬ、と認めたものまでリストに加えるか。…まあ良い。もう一つは何じゃ?」
「「名」です。……その方の」
女が口を開くまでしばしの間があった。
「なるほどな。それを呼んでこの者が目覚めれば、そなたの要求の一つは拒む理由が無くなるやもしれぬ、な」
「かもしれない、って……」
「この者が、現実の体に戻ることを拒絶するならば、無理に戻す理由は無いからの。妾としては」
「理由が無い、って…」
「そなたらの都合は知らぬ。この者が親しんだ親兄弟がもはやおらず、自分を殺めようとした者がおるかもしれぬ世界へ戻りたがると思うか?」
…その「親兄弟」の中には、わたし自身の身内も含まれているはずだ、という事を、この女は理解しているのか?
「……その方が身内を失ってしまったのは、あなたが「ユーサー」にこだわって、ぐずぐずとその方を手元に引き留めていたからでしょう?あなたがさっさと手放していれば…」
「だが、代わりにこの者の生命が失われていたやもしれぬ。そなたは言わなんだが、この者を殺めようとしたものは罰せられたかの?」
…殺めようとした?さっきもそう言ったような気がするけど…確証があるんだろうか、この女には。
「あれは…事故ということで決着がついております。…少なくとも、私はそう聞きました」
「話にならぬな」
女が抱えている体を胸元へ抱え直す。手放す気は無い、というように。
「それとも、あなたにはあれがこの方を狙ったものだという確証がおありなんですか?かつてユーサーがそうであったから、この人も狙われたものと思い込んでいるだけなのではありませんか?」
女が返答に詰まる。
「それに、ユーサーは戻ってきたんでしたよね?正体が割れていたかどうかは判りませんが、自分の命を狙う者のいる、人の世へ。どこかは与り知りませんが、あなたの保護下から」
「…そなた、妾を買い被っておるぞ。妾は別に背の君を保護しておった訳ではない。むしろ……妾の方が助けられたようなものじゃ」
女がはにかんだような声で訂正する。
「……助けられた?」
「ある意味、な。…まさか人の世ではそのような話が広まっている訳ではあるまいな?」
「いえ…おそらく、そんな事はない、と……思いますが…」
たくさん流布しているユーサー伝を片っ端から読んでいる訳ではないので断言はできないが、この女とユーサーのなれそめ(という言い方は適切なんだろうか?)について触れられているものはほとんどない。
「もしそうなら、訂正してもらわんとならんな」
と、今にもユーサーとの出会いについてこんこんと語り出しそうだったので、慌てて止めた。