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■近代文藝之研究|研究|藝術と實生活の…(34)

■近代文藝之研究|研究|藝術と實生活の界に横たはる一線|九 (1)

        九

されば餘論として一言すべきは、實生活の味を識るに適しない事である。恰も近時世に出た論で長谷川二葉亭氏金子筑水氏等が唱ふる人世の味、泣かず笑わざる味といふ説は、之れを藝術に見て始めて、味といふを得るのでは無いか。吾人の考へる所では實世活は通常快か苦か無快苦の中性か、三者何れかの調子を有した愛惡欲等の諸情意によつて支配せられ、其の味と見るべきものはたゞ件の情意毎に伴ふ快苦たけである。從つて其の味は部分的、第二義的たるに止まり、事の味ではあり得るが人生の味では無いやうに見える。人生の味と名づくべきものは事の味以上にあるのでないか。即ち普通の人に取つては、實生活中にあつてそれを味ふことは容易でない。無意識的若しくは本能的に生の味を知つて之れに執着することはあるかも知れぬが、それを味だとするのは、後からの抽象的推測であつて、現に味として感じて之れに執着するのでは無い。たゞ一定の時處を距てて之を過去生活にすれば、味が意識されて來得る。それはちやうど藝術の場合と同じ順序によるのであつて、結局書かざる文學、描かざる繪畫たるに過ぎないのである。



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*註1:味を識る
「識」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shiki.jpg

*註2:適しない事
「適」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註3:笑わざる味といふ説は
「説」の旧字体。旁は「兌」。

*註4:考へる所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註5:三者何れか
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註6:諸情意によつて
「諸」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_moro.jpg
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註7:情意毎に伴ふ
「情」の正字体。「月」は「円」。
「毎」の旧字体。「ノイチ」+「母」。
「伴」の旧字体。旁の「半」が「拌」と同じ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ban.jpg

*註8:部分的
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註9:普通の人
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註10:無意識的
「識」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shiki.jpg

*註11:過去生活・過ぎない
「過」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註12:書かざる文學
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

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http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html




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