【龍】‐3(「契約の龍」SIDE-C)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/02/22 19:54:49
「それは……妾には判らぬ。だから、妾にできる限りの事をしているだけだ。………なのに、背の君の心は戻って来ぬ」
また「背の君」か。
「あなたのいう「背の君」は、ユーサーでなければならないの?もともとのこの方ではいけないの?」
長い間があった。
青い女は抱えている体を凝視したまま、彫像のように動かない。
…もし、この女があくまでユーサーにこだわる、というなら、私には打つ手がない。
自分だったら、どうだろう?……呼び名自体は、たぶん問題にはならない。
問題なのは……相手が自分を覚えていない事、だろう。
「…判らぬな。妾にはこの者もユーサーも同じに見えるに、この者は自分をユーサーだとは思わぬのか?」
「露ほども思っておられないでしょうね。…おそらく、そう言われた事もないでしょうし、先ほど申し上げたように、人の子の魂は生まれる前の記憶を持たぬもの故」
「……露ほども、とな?」
案の定、女は表情を曇らせた。
「かの人は、絵姿一つ、残しておられませんでしたので。…その方を見てかの人と結び付ける者がいなかったのです」
女が、抱えたものの顔にそっと指を滑らせる。
「それに…何しろ、「始祖」ですから。今の世に生きる者たちには、かの人の名は重すぎます。……それゆえ、彼の裔の者は自分の子に「ユーサー」とつけるのをはばかられるようです」
少なくとも、王家の系図に残っている中には、他の「ユーサー」はなかった。
「……重い?」
「えーと……畏れ多くて気軽に呼べない、のだと思います」
「人の子の考える事はよく解らんの。……初めて会うた時、背の君は命を狙われておったというに」
「それは、かの人と同時代の者たちの事でしょう?」
「…同時代だと、何か違いがあるのか?」
どう違うかって?現物を知っているのと、噂しか知らないのでは大違いだし。まして、その噂が不確かなものであればなおさら。
…この女には、人のものの考え方から説明しないといけないのか?
「…どうなんでしょうね?ただ…記録でしか知らない人と、実際に知っている人とでは、その対象の見え方が違うものです。…おそらく、あなたの知っているユーサーと、残された記録から想像されるユーサーとは、少し……あるいは、大分、違うのでしょう。そして、その違っている部分が、彼を畏れ敬わせているのだと思います」
「……人とは、厄介なものだの」
女がそっと肩を竦める。目の前にわだかまった、鱗に包まれた何かがずるずると動く。…やはり体の一部だったようだ。
…ひとつ気になっている事がある。
女が抱えている体が、微動だにしない事だ。
この場にあってなお、意識を失ったままであるとしたら……この人の意識は、どこにあるのだろう?
まさか、本当はこの人は儚くなっていて、体だけが生かされている、などという事は……
考えちゃダメ。そんな、自分の目論見が根底から覆ってしまうような事。